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「一人でも多くの人に『日本酒っておいしい』と思ってほしい」若松屋酒店@高島平 小林健太さん(平17営)

 板橋区高島平で祖父の代から酒販業を営んできた若松屋酒店に長男として生まれた小林健太さん(平17営)は、小さい頃から「ゆくゆくは店を継ぐんだろう」と漠然と思って育ち、立教大学経済学部経営学科に進んだ。卒業後はコンサルタント会社で超のつく大企業を相手に活躍し、店を継いでからは、日本酒と地元高島平への熱い思いを原動力に、様々なことに取り組んでいる。


3週間で東北を1周したママチャリでの旅

 大学生活は英語クラスの仲間に恵まれ、その中でも特に仲の良かった7、8人とは、今も付き合いが続いているという小林さん。中でも一番の思い出は、7000円で買ったギア無しのママチャリを1日100kmくらい漕ぎ、3週間かけて廻った東北1周の旅だった。

「最初の計画は、秋田の大曲の花火を見に行こうというものでしたが、気づいたら東北を1周してました。見るからにお金がなさそうだと思われたのか、道すがらいろんな人が助けてくれました。大曲では屋台の店主がきりたんぽ鍋を食べさせてくれ、食ったら働けと言われて、花火のあと夜通し鍋づくりを手伝ったり……。行く先々で地酒も飲んで、少しは今につながる経験にもなりました」

 語る言葉の端々からストイックさが感じられる小林さんは、大学生活があまりにも楽しすぎて、「もう辞めようか」と思ったこともあるという。
「大学1年から2年にかけての頃で、酒屋をやると決めているのに、このまま楽しんでばかりいるよりも、早く仕事をしたほうがいいのではと思ったんです」。そのことを両親に相談したところ、父から「自分は店を継ぐしか選択肢がなかったが、お前は一度外の世界を経験したほうがいいんじゃないか」とアドバイスされた。それならばと経営コンサルタントを志望した小林さんは、その希望を叶えコンサルタント会社に入社した。

激務の中、多くのことを学んだ経営コンサル時代

「今は少し変わってきたようですが、当時は朝9時に出社して夜中の12時が定時みたいな激務でした。2016年に退社するまで足掛け12年勤め、業界最大手と言われるような大企業の経営に対する考え方に触れるなど、勉強になることは多かったですね。ただ、いざ実践となると規模が違いすぎて、前職の経験が直接活かされたのは、ECサイトを立ち上げたときくらいですが(笑)」

銘柄ではなく、造り手の姿勢に共感した蔵とのご縁を大切に

 若松屋酒店を継いでからは、父の代に路線変更した「日本酒と焼酎に特化した店」という方針を受け継ぎながら、「一人でも多くの方に、日本酒っておいしいと思ってもらえるようにしていきたい」と、お店の中で試飲のイベントを開くなど、日本酒の魅力を発信することに力を入れている。「たとえば相撲にしてもお寿司にしても、日本人は日本を代表するものが好きなはずなのに、日本酒は平気で嫌いと言えてしまう。でも日本酒にもいろんな種類があり、こういうお酒なら飲めたはず、こういうシチュエーションで飲めばおいしいと思ってもらえたはず、と感じることはいろいろあり、それを知らずに遠ざけられてしまうのは勿体ないと思うんです」

 だからこそ、人気のお酒、希少なお酒を揃えて銘柄ありきで売っていくのではなく、「父の代から付き合いのある蔵元さんはもちろん、僕が会社を辞めて酒屋の仕事を始めた頃、同じように跡継ぎの息子さんが戻ってきた蔵元さんなど、たまたまつながったご縁を大切にしていきたいと思っています。もちろん美味しいお酒であることは大前提ですが、お酒の1本1本に造り手の人柄が出るというか、こういうお酒にしたいからこういう工程になったという酒造りに対する考え方に共感ができることも、店で扱うお酒を選ぶ絶対条件です」と話す小林さんの言葉の端々から、日本酒に対する熱い思いが伝わってくる。

特産品で地元を盛り上げたいと、「高島平ビール」を商品化

 小林さんは「高島平を盛り上げたい」と自ら発起人となり、地元の商店や飲食店関係者、デザイナーといった人たちとプロジェクトを立ち上げ、2019年末に「高島平ビール」を商品化した。

「高島平の名前を冠した特産品を造りたかったのと、ビールが話題になれば、そのビールが置いてある地元の飲食店に行ってみようという人もいるでしょう。そんなふうに地元のお店に地元の人が足を運ぶきっかけをつくりたかったんです。今は地元の店よりも、車で遠くの大型スーパーやショッピングモール、チェーンの飲食店に行くのが当たり前ですから」

発売以来おいしいと好評で、継続するために必要な製造ラインである年間6000本をクリアし続けているという。

コロナ禍で切実に感じた「もっと販売力をつけなければ」

「今後は店での試飲イベントも増やしていきたいし、街の飲食店さんや他の酒屋さんと共同でのイベント、デパートなどでの出張販売もやってみたい。角打ち(酒屋の一角を飲食スペースとし、立ち飲みで酒を提供すること)もいずれやりたいことの一つ」と、将来を見据えて思い描いているプランは数多い。

「ただ、今は僕と妻と母と、家族だけでお店を回しているので、土日に僕が外に出てると、わざわざお店に足を運んでくれたお客さんに対応できないとか、住宅街の中の店なので、いろんな制約もあります。高島平を出る気はありませんが、この街の中でもう少し人が集まりやすい場所をどう確保するか、人材をどう確保していくかが課題です」

 小林さんは、「店に来て実際にお酒を飲んでもらって広めていくことが第一義」と考えていたため、ECサイトの立ち上げには抵抗があったそう。だが、コロナ禍で大打撃を受けた蔵元から、「頼むから1ケースでも売ってほしい」と言われたとき、「もっと販売力をつけなければ、そのためには販売の選択肢を増やしたい」と、ECサイト開設に踏み切った。店の将来に向けて多様なプランを構想しているのも、同じ思いからだという。

「うちの店が地酒を売ることで、僕は高校も大学も学費を出してもらい、地酒のおかげでここまで来ることができました。その恩返しの意味でも、これまでご縁のあった全国の蔵元さんのお酒を、地元を中心に多くの方に広めていきたい」と、真摯に話す小林さん。

まず困難で手がかかることから取り組んで

 最後に学生の皆さんに伝えたいことを伺うと、「勉強にバイトに就活、あるいは将来の夢に向けた勉強など、やらなければならないことばかりで目の前を埋めると楽しくないので、To Doリストだけでなく、やりたいことリストも作るといいと思います。それと、これは大学時代に知った『壷の中の石』の話のエピソードですが、大きい石と砂利と砂と水があって、それを壷に入れようとしたとき、水や砂や砂利から入れると石が入らなくなる。まず大きい石から入れることが大事。人間は自分のキャパシティやスケジュールを考えるとき、簡単なことからやりたがるけれど、一番手がかかり、できるかどうかわからないことに最優先で取り組むべきだという話です。そんなふうに、やりたいこととやらなければいけないことのバランスをとりつつ、まず困難なことから取り組んでいくことを考えてほしいですね」と、具体的ですぐにも役立つアドバイスをいただいた。

(文:学生ライター 伊藤淳子)

店舗情報

■若松屋酒店

 〒175-0082 東京都板橋区高島平5-53-2
   ・都営三田線「新高島平」又は「西高島平」より徒歩7分
   ・国際興業バス「高島第三小裏」より徒歩2分
   ・営業時間等の詳細はHPにてご確認ください。

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Posted by 若松屋酒店 on Friday, February 16, 2024