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カステラ本家福砂屋@東京 殿村康介さん(平29社)

長崎カステラの名店として知られるカステラ本家福砂屋は、江戸時代初期の1624(寛永元)年に創業以来400年近くの歴史を誇る老舗中の老舗。殿村康介さん(平29社)は、その味を受け継ぐ東京店の3代目に生まれ、現在は株式会社カステラ本家福砂屋東京グループ統括部長として、経営部門と現場をつなぐ重要なポジションを務めている。中学、高校、大学と立教で学んだ殿村さんに、学校生活の思い出と、次代の福砂屋東京店を受け継ぐ立場として仕事に向き合う思いを伺った。

自身の研究を楽しそうに語る先生の話に共感し、
大学では社会学部現代文化学科へ

 「福砂屋東京店は、祖父が長崎から出てきて営業を始めました。長崎の本店も東京店も福岡店も一つの会社として一族でやっていますが、それぞれの運営は独立しています。僕は長男ですが、両親から『跡を継げ』と言われたこともなかったですし、老舗を背負うプレッシャーみたいなことは感じずに育ちました」と語る殿村さんは、中学から立教へ。その後は「多様性が認められる自由な環境でのびのび過ごせた」という立教新座高校を経て、大学は社会学部現代文化学科に進んだ。

 大学の進路選択をする頃には、「将来は経営を継ぐことになるんだろうな」と漠然と考えていたという殿村さん。

 「そういう立場なら、本来は経営学部や経済学部に行ったほうがいいのでしょうが、僕は人より特別に秀でたものがないから、その分人と同じことをしていても才能や能力のある人には勝てないという思いがありました。それなら自分がやりたいことをして、そこで人と違う経験を積んでやろう、と思い社会学部を選んだんです。というのも高校のとき、大学の先生方が学校に来て学部のプレゼンをしてくださった中で、アメリカ先住民の研究をされていた阿部(珠理)先生の話が圧倒的に面白かったんです。ほかの先生たちが学部の説明とか、「そもそも経済学とは?」みたいな話をされたのに対して、阿部先生は、自分がなぜアメリカ先住民の研究をしているのか、その研究を通して現地でどんな体験をしたかといったことを、とても楽しそうに話してくださって……。僕も文化や環境といったことに興味があったので、阿部先生がいらっしゃる社会学部の現代文化学科に行こうと思いました」

社会学の魅力は、数学的思考を
言語を使って実践できること

 そうして大学で勉強を続けるうちに、殿村さんは社会学がとても好きになったと言います。

 「僕はもともと理屈っぽいので、定理や公式に基づいて考える数学的な思考は好きですが、数字や計算が苦手なので数字を使って公式にあてはめると、解答が間違ってしまうことがよくありました。そのため、なかなか結果に結びつかず、モヤモヤしていたんです。社会学の授業を受けて感じたのは、社会学は数学に似ているということでした。たとえば、『家族とは』、『町とは』といったことに対する社会学的な定義があり、自分で何かを考えるときには、そうした定義を掛け合わせながら、『町における家族とは何か』みたいなことの答えを探っていきます。こんなふうに、社会学では数学的な思考を、僕が苦手な数字ではなく、言語を使って実践できるんです。だから自分の中で納得できたし、そうやって言葉をうまく掛け合わせると論理的な考え方や話し方ができるんだということが実感できた。それがとてもよかったです」

 やりたいことをやり尽くして満足できたから、
学生時代に未練を残さず働ける

 大学では3つのサークルにも所属し、殿村さんは学業以外でも充実した時間を過ごしました。

 「グリーンゴルフクラブというゴルフのサークルと、古都散策会、この2つは公認サークルで、ゴルフはそれまで未経験だったんですが、ここで覚えたことは一生役に立つと思います。古都散策会のほうは、僕が副会長を務めていたときに200人くらいまで人数が増えて、そんなに大きな組織で自分たちのやりたいことをやるのは、とてもいい経験になりました。ただ、どちらのサークルも組織の運営に関わることが多かったので、『いかに運営するか』という話も多く、気を遣うこともありました。その点、もう一つ入っていた天体観測のサークルは、10人くらいの非公認サークルで、組織というより仲良し集団みたいな感じ。たまに5号館の屋上で星を観るくらいで(笑)、あとはみんなで集まって朝まで喋ったり、急に思い立って、いまから海を見に行こうと、夜中に出かけたりするような自由なノリだったので、違った楽しみ方ができました」

 学業でもサークル活動でもやりたいことを存分にやり、いろいろな人と話ができたことは得難い経験だった、と振り返る殿村さん。「大学時代に学んだことが直接仕事に活かせることはあまりないかもしれませんが、経験したことが間接的には大いに役に立っています。また、やりたいことをやり尽くして満足できたから、後悔はありません。そのおかげで今、学生時代に未練を残さず働けるのはいいことだと思います」

伝統を守り、真心をこめた味わいを届けるのが
福砂屋の使命。手づくりへのこだわりはその表れ

 福砂屋のカステラづくりの特徴は、卵の手割りに始まり、泡立て、混合、攪拌、焼き上げまでを、ひとりの職人が責任をもって手づくりで仕上げていくところにある。ある意味で時代に逆行するようなそのこだわりについて殿村さんは、「伝統的な製法をしっかり守って、真心をこめた味わいを届けることが福砂屋の使命。手づくりへのこだわりはその表れです」と言う。さらに、「カステラの材料は、卵と小麦粉と水飴と砂糖。砂糖の中にはザラメ糖も含まれますが、そのくらいシンプルで、食品添加物は一切使っていません。それだけに繊細で、たとえば卵の状態でいえば、水分の量で泡立ちが季節によって変わります。そうした素材のブレは、人の手じゃないと調整できないんです」と続ける。

個包装で食べやすいフクサヤキューブは、卵をイメージした黄色と白のモダンなデザイン。
夏季限定の朝顔をデザインしたものなど、季節限定のパッケージにも工夫を凝らしている
カステラの切れ端を二度焼きし、ラスクのような食感に仕上げたビスコチョは
一部店舗限定で販売。新宿伊勢丹店ではオリジナルのパッケージも。
サクサクした口当たりの中にカステラの旨味が凝縮された大人気商品

 こうしたこだわりも含めて、「うちは、会社の時間的感覚が長いんです。これはある意味余裕があるということで、それが会社のブランド価値や存在感を生み出してきたのかなと思いますが、その一方で、特に若い社員のスピード感と会社の時間感覚に乖離があると感じることもあります。今後は会社の時間感覚を大事にしながらも、若い社員には適切なスピード感を提供し、そこから新しく何かを作れるといいなと思っています」と殿村さん。

 それを殿村さんが社会学で学んだ考え方に当てはめると、「伝統」と「革新」の2つの言葉を掛け合わせて答えを探すこと、と言い換えることができるだろう。そこからどんなものが生み出されるのか、大いに楽しみだ。 

(文:学生ライター 伊藤淳子)
(写真:学生カメラマン:松田悠花)

[店舗情報]カステラ本家福砂屋

<中目黒店>
〒153-0042
東京都目黒区青葉台1丁目26−7