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おひとりさまデート備忘録

 ひとりを愛せる女でよかった。そう思えるまでに、わたしは成長した。数年前までなかなか重度のメンヘラを拗らせていたので、非常に感慨深いことである。

 執着にまみれた血みどろの恋愛から足を洗って久しい。ズタズタになったのは心だけで済んだが(と思いたい)、治癒するには時間がかかった。しかし、世の中に発生するだいたいの色恋問題は時間が解決するものだ。時間は確かに要したが、ひとりが長ければ長いほど、ひとりへの愛も深まってゆく。

 今となっては、行きたいと願えばどこへでもひとりで行けるようになった。特に、28になる年に九州の南端へ移住をし、必然的に車を手に入れてからは、より一層行動範囲が広がった。いや、物理的な範囲というより、気持ちの問題かもしれない。翼をさずかったわたしは、とにかく強気になったのだ。車さえあれば(+Google Mapsさえあれば)、どんな田舎でも、どんな都会でだって、誰かに頼らずともとりあえず行動することができる。

 近頃ようやく、ひとり〇〇、ソロ〇〇という言葉が広く受け入れられはじめたようだ。ソロ活動の概念が世間に認められるまで、ひとりでカフェやファミレスに足を踏み入れることすら難しい人がいたというのは、正直にわかには信じることができない。むしろいつ何時でも食事やお茶に誘える相手がいる環境は、うらやましい。ただただ、うらやましい。

 ソロ活動において定番の行き先と思われる映画館は、メンヘラど真ん中の時代でも余裕で行けた。ハタチくらいでデビューしたような記憶がうっすらと残っている。今では他人と行く方が違和感があるレベルだ。

 そんなわたしもさすがにドキドキしたのは、水族館。香川の山の上にあるさびれた水族館だった。ひとりで知らない土地をしっかり巡るのも、もしかすると初めてだったのかもしれない。青空のもと、ゆるりと開催されたペンギンやアシカたちのショー。観客は家族連れが2〜3組と、大学卒業間近のわたし。動物たちとの距離が近く、まるでお遊戯会を眺めているようだった。そんななか、飼育員のお姉さんになんらかのタイミングで指名されて対応せざるを得なかったときは、思いきりテンパった。その場にちびっこも数人いたのに、なぜ、敢えて、わたしに。あれから何年も経つが、未だに謎である。

 動物園へも、もちろん行った。初めて行く動物園はハードルが高いかもしれないが、二度目以降なら余裕のよっちゃんである。広くて人も少なくて、散歩にちょうどいい。写真を撮ったり考えごとをしながらゆったりじっくり回ることができる。わたしはどうしても猫を贔屓してしまうたちなので、ホワイトタイガーやクロヒョウの前では滞在時間が長くなる。とはいえひとりだから何分見つめていたって誰にも迷惑がかからない。もしかしたら大きな猫たちには「そろそろ勘弁してくれ」と思われているかもしれないが。

 難易度が比較的高いとされる焼き肉や飲み屋も「済」だ。焼き肉はチェーン店でのランチだったからか、なんの恥じらいも感じることはなかった。むしろ「ちょっと贅沢しているオトナなわたし」に優越感を抱いて高揚していた。一方で飲み屋の扉を叩くのは、人並みに緊張したのを覚えている。事前に口コミを洗いざらい読み、カウンター席があることと好みの肴があることの確証を得てから覚悟を決める。日程もあらかじめ定めておき、自分を追い込んだ。少しでも躊躇が生まれれば、「ここを乗り越えれば世界が広がる」と言い聞かせた。実際いざ成し遂げてしまうと、ほんとうに世界が広がったような気がするから不思議である。ちなみにひとりラーメン・牛丼は遥か昔に軽々と乗り越えてしまい、思い出すことすらできなかった。

 さて、つい数日前にひとり観光牧場デビューを果たした。ここまで読んでくれている人はお気づきかもしれないが、わたしは人間よりも動物の方が圧倒的に好きなのだ。水族館、動物園に並び、観光客向けに整備された牧場が大好きで、マザー牧場にもう一度行きたいとずっとずっと思い続けている。九州にはあまりそういった施設はないようだが、いつしか知人におすすめされた高千穂牧場に行ってみた。見学できる範囲は限られており、平日だったので乳搾り的な体験もなかったが、大いに癒された。わたしにとっては、牛や羊やヤギやらの草食動物たちが、のほほんと幸せそうに暮らしていてくれさえすれば大正解。狭い敷地内にジンギスカンを提供するレストランがあるのも微笑ましい。マザー牧場で食べたジンギスカンも、おいしかった。尊い生命に感謝しながら、「のんびり」を具現化したような彼らの長いまつ毛と間延びした鼻筋を舐めるように見入ったのだった。

 ソロ活動における利点は、なにか新しいことをするたびにレベルがひとつ上がったような錯覚に陥るところだ。それがじわりじわりと自己肯定感を高めてくれる。そして着実にひとりへの愛を深め、沼にハマっていくのだ。

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