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スツール考①

スツールという家具はおもしろい。

様々ある家具の中でも最もプリミティブな用途でありながら、時代や地域の文化を強く反映し、デザイナーの意思を最もわかりやすいカタチで伝えることができるからだ。

私はその中でも”カタマリ系”スツールにお熱である。

カタマリ系とは、骨材を組み合わせて構成する椅子やスツールではなく、1種あるいは多くても2種の材料を使って全体を一つのまとまりとして感じられるモノを私が勝手にそう呼んでいるのである。
ギュッと素材の魅力が詰まっていて、かつデザインの力もそれに負けていないものが良い。

メモで作成。汚くて申し訳ない。



スツール=stoolとは英語で、背もたれのない1人用の椅子を指す。日本語では"腰掛け"である。
"腰を掛ける"という動作は、おそらく人類がサルから進化し二足歩行を始めた頃に増加した行動様式と推測できる。
四足歩行だと地面に尻をつけるほうが簡単で、すぐに動けるからだ。
それを考えると胡座(あぐら)という座り方は完全に脚を拘束しているので、静止して考える必要のあるサル=ホモ・サピエンスが発明した文明的な座り方といえる。
お釈迦さまも、よく考えるからあのポーズなのであり、ロダンの『考える人』はよくよく見ると、不自然極まりないポーズである。考える時に身体をねじってまでひじをそんなところに置かないし、なんでそんな不安定な足場で…。まぁリアルに見えて結構おかしなことは美術にはよくあることだし価値はそこじゃない。
私はあれを『考えるフリをしているヤツ』だと思っている。


話が逸れたが
現代に残る最古の椅子は約5000年も前のヘテプヘレスの椅子と言われているが、すでに十分に技術があり、文明と権力がイメージ化されている。初期人類からみれば現代とたいして変わりはない。

"腰掛け"の原型はカタマリだろう。歴史を探るにはもっと想像力を豊かにする必要がある。スツール考古学者の苦労に少しだけ寄り添ってみたい。


ー 初期人類の生活は忙しい。四足歩行から二足歩行になり、遠くが見渡せるようになった彼らは日々食料を求めさまよい歩き、空いた手で花をつみ求愛した。
そして他の民族や肉食獣と戦い、さらに歩いて歩いて地球全土にひろがる旅をした。
まだ歩く必要がある、敵が来るかもしれない、腹も減る。あぐらにはまだなれない。
すぐに動くための小休止。
岩、倒木、マンモスの骨、その他適度な段差を見つけて休む。その中から持ち運ぶことのできる重さと、加工のしやすいものが道具として選ばれた。ー

基本的には何にでも腰は掛けられるのである。加工のしやすさは風化もしやすいということだ。万年経てばそれが切り株の破片なのか、スツールの破片なのか見分けがつかない(放射性炭素年代法という方法があっても、見つけることの困難さは変わらない)

スツール考古学者の原初への旅は困難を極める。


でもよく考えたら(よく考えなくても)私は学者ではないので、カタマリ系スツールに原始的な魅力を感じる。ということだけわかっていただけたら十分だ。


現代に戻ってカタマリ系を考えてみる。


まず思いつくのはアフリカのスツールである。
我が家にも西アフリカ、コートジボワールに住むセヌフォ族のスツールがある。

こんな感じのやつ。

一本の木から削り出した、ちょこんとしたカワイイスツールだ。中心に向かって厚く、先に向かって細くなるデザインは、動物や人をデフォルメしたように見える。これは休憩用というよりは作業用として、洗濯や料理をする際に適度に腰を浮かせる為のものなので、日用家具としてはかなり中途半端な高さ。我が家では完全に置物として機能している。けっして物置ではない。


ちなみに今は工芸品として現地の人々が作っているのか、ネットなどでもかなり安価で手に入れることができる。


アフリカのスツールはセヌフォ族だけでなくバウレ族やロビ族、バガ族などそれぞれの文化や信仰を露わにした木塊を削り出したモノが存在する。どれも個性的で魅力的なカタマリだ。

これらのような実用的なスツールはおそらく太古の昔から存在するに違いない。木が多く存在する地域であればどこでも作られた可能性がある。たまたまアフリカ地域に昔からの生活を続ける部族がいて、動物やヒト、カミをモチーフに実用的な椅子を作り続けていたのだ。これらは作家名こそないものの、量産はしていないので狭義のデザインとは言い難い。


ではデザインされたカタマリには何があるのか?


自分の作品紹介をしようと思って書き始めたのに、少し長くなってしまったので次回はデザインされた私の好きなカタマリについて書きます(作品紹介にたどり着けるのか?!)


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