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gagoyle

インクトーバー2022 1日目。お題は「ガーゴイル」。

ガーゴイルはため息をついた。
「今日もさ、大聖堂の軒に座って世間を見下ろしていたんだけどさあ」そこでグビリとウイスキーを一口飲んだ。
「みんながんばるよねー。なーんか忙しそうでさあ。俺なんかもね、結構ハードな仕事なわけ。じっとしてるようにしか見えないでしょ?そこよ。それなのよ。じっとしているように見せるのが大変なんだよねえ。日中は鳥とか結構来るしさ、日当たりの良い時間帯は眠くてね」
「ガーゴイルさんは、大聖堂の屋根でいつもなにをしているんですか?」

質問を振ったのは僕の方なのに、この話が長くならないといいなと思いながら、グラスを傾けた。

「実際のところはさ、君は知らないかもなんだけど、俺、雨どいなのよ。雨どい。口からさあ、こう、ばーっと雨水を吐き出すわけ」
「えっ。本当ですか。雨どいなんですか?」
僕は大袈裟に返事をした。リアクションは大きい方がいい気がした。するとガーゴイルは自信たっぷりに
「おうよ。雨どいよ」と笑った。

「結構ハードな仕事ですねえ。それに、今飲んでいるウイスキーも、雨の日には吐き出すんでしょう?」
僕は体ごとガーゴイルの方に向けて質問した。
「まさか。仕事は仕事、プライベートとはきっちり分けるのが俺の流儀よ。こっちもプロだからさ、そんないい加減なことはやらないぜ。雨の降る日に、雨水をこう、きっちりと」
ガーゴイルは少し体を前傾させ、口をカッと開いた。
「おお」僕は感心して、もう一つ質問をしてみた。
「プロならではの悩みってあるんですか?」

指先でグラスのフチをなぞっていたガーゴイルは、ちょっと首を傾げた。
「いやもう、何百年もやってるからなあ。もう迷いの時期なんざ、とっくの昔に通り過ぎてるよ」
「あれ?若い頃にはやっぱり悩みがあったんですね」
「そりゃそうさ。君だって、悩みを通り越してきたから今があるんだろう」
「いや、でもまだ僕は学生ですから」
「おや?なんだ、悩みがあるのか?ちょっと話してみろよ」
僕はグラスの中の氷を見つめた。進路を迷っていることを話してみようか。美術学校で彫刻を学んでいるのだけれど、芸術家として生きていく才能が自分にあると信じきれないのだ。
僕が口を開こうとするのと同時に、パブの時計が0時を差した。

「おっと、いけねえや。君の話はまた今度聞かせてくれよ。俺はもう、戻らないと。それに深酒して落っこちてしまったらよ、この時代じゃもう俺を元の体に修復してくれる人なんざいねえしな」
ガーゴイルは親しいバーテンダーに片手を上げて
「つけといて」
と言って出ていった。

その夜の出会いが、今僕を文化財修復士にさせたと言っても過言ではない。

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