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少し遅い

ムスメがyoutubeを見ながら踊っている。なにやらダンス動画の真似をしているようで、キャッキャ言いながら、ドッタンバッタン跳ねている。決して上手くはないし、真似をするので動作が少し遅れている。それでも楽しそうに踊っている。

わたしも子どもの頃、歌ったり踊ったりしてみたかった。一回か二回はしたことがあったが、それを大人から否定されたりからかわれたりしたので、それ以来、封印したのだった。
父がレコーダーを買ったので何か録音してみたかったらしく「巨人の星」を歌ってみろ、とマイクを渡してきたので「お、も、いーいこんだぁあら〜」と歌ってみたら、「へったくそやな」と鼻で笑った。

庭の隅っこで踊っていたら、垣根の向こうで井戸端会議をしていた近所のおばさんたちの一人がそれを見ていて、ワハハと笑った。そしてそこにいたおばさんたちが振り返ると「ほらほら、もう一回踊ってみんなに見せてやり」とニヤリと笑った。

わたしは「上手くないものは人に見せてはいけない」と学んだ。歌も踊りも他人が感心するくらいの出来でなければ、そこで歌うのは失礼になるのだ。

中学生の時、校庭で陸上部がピンクレディーを踊っていた。部活の時間になにをやってるの、とゆうちゃんに聞いたら「先生がピンクレディーの踊りは複雑やけ、敏捷性を鍛えるのにいいっち」とUFOの振りをやりながら答えた。「金曜日にテストするっち先生が言いよったけ、みんなで練習しよるんよ」いちにーさんしーと手足を振り回しながら、器用に踊っていた。女子も男子もみんなでキャッキャと笑いながらすごく楽しそうだった。「りかよんもやってみる?」と言われたが、「いや、無理」とその場を離れた。

そんなわけで大人になって「カラオケに行きましょう」と誘われても、絶対に歌わなかった。でもある時「わたしの行きつけの店なら大丈夫」としつこいくらい誘ってくれる先輩に連れられて、スナックに行った。カウンターには常連客らしき男性が一人いて、あとは私たちだけだった。先輩が一曲歌って「はい、りかよんの番」とマイクを渡された。なにを歌うか迷いに迷った末に、松任谷由実の「downtownboy」を歌った。キーがちょうど歌いやすくて、テンポも早くない。自分なりに気持ちよく歌えた、と思った。ちょっと楽しくなった。先輩もお世辞とはわかっているが「なんだ、うまいじゃん」と褒めてくれたし、ママも「わあ、素敵な曲やね」と拍手してくれた。その時、すごくホッとしたのを覚えている。人前で歌っても、ディスられなかった。ところが次の瞬間。常連客の男性が「ははは。エコーが効いとるけん、上手くなった気になっとるわ。自分に酔いしれとるわー」と笑った。それ以来、カラオケにも行かない。

ムスメが、歌って踊って楽しそうにしている。わたしもオットも褒めはしないが、「ヘタだ」とも「やめろ」とも言わない。空気のように気配を消して、ただ踊るムスメをそのままにしている。

ドッタンバッタンとひとしきり踊って「ワハハ。だいぶ覚えた」と満足そうにしているムスメが少しうらやましい。

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