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かえして

ゆうべ眠っていたら、ベランダの窓から友だちが現れた。あ、夢だな、と思った。だって、普段は夜中に二階の窓から降って沸いたように人は登場しない。

その友だちとはしばらく会っていない。フランス語みたいなその名前を呼んだ。「久しぶりだね。どうしたの」彼女は喪服を着ていた。両手でハンドバッグのストラップを持ち、体の前に提げていた。喪服は、ワンピースにボレロを羽織る形で、彼女は帽子も被っていた。ベレー帽のような、丸い、つばのない帽子。とてもシックで似合っていた。そして髪をおかっぱに切っている。彼女はセミロングで、いつも一つに束ねていた。「髪切ったの?」と聞くと、それまで黙って立っていたのに、わたしの布団に足から飛び込んだ。まるでトランポリンに寝そべるように、パフッと音を立てて、立っていた時と同じように、体の前でバッグを持ったまま、ふかふかの布団に横たわった。

わたしは気味悪くなって、本当に友だちなのかと疑った。彼女は面白い人だけれど、いきなりやってきて布団に飛び込むようなことはしない。わたしは頭のどこかでこれは夢なんだから心配いらないはず、と思いながらも、その女性がやっぱり知らない人に見えてきて、すごく怖くなった。

その女性はむくりと起き上がって言った。
「わたしが貸したスルメを返して」
え?いや、待て。ちょっと。スルメは借りていない。何かの間違いだろう。友だちは料理研究家だから、食材のあれこれを話の中で教えてくれたことはある。だけど、スルメの話は一度だってしたことがなかったはずだし、ましてや借りるなんてことはあり得ない。

「借りてないよ?」と返事をしたら、キッとこちらに鋭い視線を向けた。明らかに顔がもう友だちとは違う。やっぱり知らない人だったのだ。喪服の女性は、わたしに詰め寄り、胸ぐらを掴んだ。わたしは息が止まりそうになるくらいびっくりして、「い、いや、あの、スルメ、は、借りて、いません」と途切れ途切れに訴える。「かえしてよー!!スルメ、かえしてえええええ」と、その女性はだんだん半狂乱になり、わたしの首をぐらぐらと揺すった。わたしはその人の体を押し返した。するととてもリアルな手応えがあった。喪服の下の体が丸みを帯びていること、喪服の布地がザラザラとした感触だったこと。暴れるその人を押しながら、わたしはこれからどうなるんだろうかと怯えていた。

スルメは借りてない。だから返しようがない。わかって。お願い。なぜわたしがあなたからスルメを借りる必要があるのか。そんなことはあり得ない。

「スルメを〜か〜え〜し〜て〜ええええ」と、凄むその人をどうにか押しやって、わたしの首を掴む手を剥ぎ取った。すうっと冷たい空気が喉に流れ込んできて、ようやく息が楽にできるようになった。

そこで目が覚めた。心臓がバクバクと音をたてている。どうしてこんな夢を見たんだろうか。今度、友だちに電話してみるか。きっと彼女は「ウケる〜」と笑うだろう。

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