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いらない

台風一過、寒いくらいの日が続く。

さて。台風14号は「これまでにない」「経験したことのない」強力な台風だとの触れ込みで、前日や直撃当日の朝は、スーパーが昭和の年末大売り出しの商店街並みに混んでいた。わたしはカートを押しながら、ボチボチとレトルトカレーやカップ麺をカゴに入れていた。断水したら洗い物ができない。紙皿も買っておくか?電池も買っておこう、と思っていたところに、チャイルドシート(?)付きのカートに乗せられた2歳か3歳くらいの男の子と、それを押すお父さんらしき人が近づいてきた。

男の子は神輿の上の気高き人よろしくあっちこっちを指差しながら、「いらない」「これもいらなーい」と采配を奮っていた。「あ、パパー、たっくん、これもいらなーい」だんだんこちらに近づいてくる。パパは「あ、そう」「うんうん」と言いながら進む。時々、何かを見せながら「これは?いると思わない?」と自ら進言する。

しかし、たっくんの答えは「いらなーい」である。「ねえたっくん、いるものを教えて?」とパパが懇願する。それでもたっくんは消去法を続けている。「いらないよー」「いらないよー」その声は穏やかで、淡々とジャッジは続く。パパは自分が欲しいものをカゴに入れようとするが「いらないよう」と却下される。

わたしは自分のカゴを眺める。「いるのか?これは本当に必要なのか?何か代用するとか我慢するとか、そんな選択肢はないのか?」と考える。しかし、不安の方が先に立つ。ライフラインが止まったら、と考えるとカセットコンロのガス缶は必須だし、懐中電灯やラジオの電池も必要だ。食料は最低でも3日分は必要だろう。カップ麺を6個、レトルトカレー3箱。パンもアイスも買っておきたいが、棚はすでに空っぽである。代わりにインスタントスープと、クラッカーでも買うか。そうやって、結局わたしのカゴはわたしの不安を反映させていっぱいになってしまった。

ぐるっと一周したら、またたっくんに遭遇した。相変わらず「いらない」を繰り返している。カゴを見たら、ジュースのパックがひとつと、何か調味料の袋が入っている。ママから頼まれたのだろうか。

スーパーの惣菜、パン、インスタント食品、電池、養生テープの棚は完全に空になっていた。みんなが欲しいものは同じ。たっくんみたいに「いらない」と達観している人もいるかもしれないが、わたしにはその度胸はない。

結局、直撃と言われた台風は、真上を抜けていったにも関わらず、どういうわけか無風状態が半日続いた。その間は雨も降らなかった。台風の目なのか、と思ったが空は曇っていて、子どもの頃に見た「目」とは違った。
偶然とはいえ、たっくんが「いらない」と言ったように、前日に買ったものはほとんど必要なかった。

翌朝、スーパーに行ってみたらほとんどの棚が商品で埋まっていた。「台風の影響で到着が遅れています」と貼られた棚もあったが、それは僅かなものだった。流通ってすごいな、と思うと共に、平和ではない場所はこうはいかないのだな、としみじみした。

いらない、と選択できるのは、選択できるものが並んでいるからだ。
今日も感謝である。

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