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だんぱつ

ムスメが髪を切った。お尻が隠れるくらいまで伸びていたので、60cmほどヘアドネーションすることにした。

ある程度の長さになった時点から、ムスメは「どうしよう。切った方がいいかな」と言いながらも、いざ切ることになったら「やっぱりやめておく」と言い続け、すでに5年経っている。5年前は中学校の入学式を前に、少し毛先を揃えただけだ。

今回、切ることになった大きな理由は「修学旅行」である。ラプンツェルのように長く三つ編みにした髪は、乾いているときはいいが、洗った後の始末が大変なのだ。
朝の支度も一苦労である。髪をといて一つに括って三つ編みをするのに、とにかく時間がかかる。ブラシをかけると長い長い抜け毛が床に落ちる。掃除機のゴミパックの中はほとんどが髪の毛である。本人もなにかと不便だろうが、わたしやオットにとっても、なんとかしてほしい問題の一つであった。

しかしやはり、美容室の予約は、ギリギリまで決断できなかった。「どうしよう」「どうしたらいいかな」といつまでも迷っている。

ヘアドネーションをすれば、病気などでウィッグが必要な人たちの役に立つことができる。髪を切ることで扱いやすくなり、朝の支度が楽になる。特に修学旅行などの集団活動では、人に迷惑をかけずに済む。しかも、今まで長かったので「あれ?切ったの?」とみんなが驚く姿が楽しめる。…などとメリットを並べて、明日から修学旅行だという日の夕方、ようやく首を縦に振らせた。

美容室でハサミを入れようとするとき、すごく悲しそうな顔をしていた。その理由は「おばあちゃんと一緒に過ごしてきた時代の髪がなくなる」というものだった。おばあちゃんはムスメの髪を褒めてくれていた。お風呂上がりに「水が滝のように落ちてくるわね」と笑いながらタオルで丁寧に拭きあげてくれた。「キレイな黒髪でいいね」と頭を撫でてくれた。一昨年亡くなってしまったおばあちゃんが大好きだったので、髪を切るとその思い出を切り捨てるような気がするのだという。

美容師さんが言った。「大事な思い出なんですね。でも、人の髪には思いが宿りやすいから、いろんな感情が溜まってくるって言いますよ。おばあちゃんのいい思い出だけ残して、あとはリフレッシュしたらいいんじゃないですか?」そう言われてムスメも少し気持ちが晴れたようだった。

そしてジャキジャキと髪が切られ、どんどん短くなっていったのだが、その一方で美容室のテレビのニュースに不穏な空気が満ちてきた。10年に一度の大寒波の襲来で、交通機関がフリーズしてしまう、というのだ。バスや電車は全て明日の運転を見合わせ、飛行機は欠航が相次ぎ、明日の便も飛ばないことが決まった、というものだ。

集合は午前7時。地下鉄は動くだろうから、なんとか空港に辿り着くことはできるだろう。しかし、飛行機が飛ばなければ、修学旅行はどうなるのか。

髪が仕上がった時、ムスメは晴れやかな顔になり、テンションが上がった。「やった。切ることができた」と、うっすら雪の積もった夜道をぴょんぴょんと跳ねながら歩いていた。

家に帰ってからもその興奮は冷めやらず、最後の準備をしながら、鼻歌が出るほどの上機嫌。
さて。明日、飛行機は飛ぶのか?と不安を胸にわたしたちは布団に潜り込んだ。


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