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市役所職員とフリーランスでチームを組んで、福祉の想いを伝えるローカルメディア。公務員×グラフィックデザイナーの実践と想い : 猪狩 僚×高木 市之助

わたしの前回の記事で、高齢化問題に対する各国行政の取り組みを取り上げました。福島県いわき市のigoku(いごく)の取り組みは、高齢化社会がいち早く到来している日本でのユニークな取り組みの一つです。

今回は、igoku(いごく)の編集長でいわき市役所の職員である猪狩 僚さん、アートディレクター・グラフィックデザイナーの高木 市之助さんのお二人にインタビューを行いました。市役所勤務の公務員×フリーランスチームで行う地域に根づくローカルな実践について、知っていただける機会になればと思います。

インタビューのお相手

写真左:高木さん 写真右:猪狩さん

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猪狩 僚(いがり りょう):いわき市役所 介護保険課。1978年いわき市生まれ。大学卒業後に、ブラジル留学したら、ちょっとハチャメチャな感じになっちゃって、いわき市役所に拾ってもらう。水道局(2年でクビ)→市街地整備(1年でクビ)→公園緑地課→財政課→行政経営課を経て、地域包括ケア推進課へ。逆立ちしても、役所の中じゃ出世できないので、勝手に”igoku”を作り、勝手に「編集長」を名乗る。2020年度より介護保険課。
高木市之助(たかぎ いちのすけ):福島県いわき市在住のグラフィックデザイナー・アートディレクター。前職はかまぼこ製造会社で職人兼企画開発室長。かまぼこも作りつつ、WEBやパッケージなどのデザインも担当。2016年よりフリーのデザイナーに。Graphic desing in japan 2020 入選。2020年よりデザインの面白さを伝えるべくYoutuber活動開始


――本日はよろしくお願いします!おふたりとも、福島県いわき市生まれいわき市育ちとのことですが、まずお二人の出会いについて教えて下さい。

猪狩:僕がigokuというプロジェクトを始める前のタイミングで、福祉に関する情報発信をしたいなと思っていました。そんな時に、地元のスーパーに行ったら地元の物があって、地元のかまぼこ屋の商品なのにパッケージが目を引くデザインの商品があった。社名を見ると僕が慣れ親しんでいる、いわき市のローカルな会社のメーカー。びっくりしちゃって笑。このパッケージを作った人は誰なんだろうと調べたら、高木さんに行き着きました。たしか、何の接点もなかったので、高木さんのサイトから問い合わせを送ったような気がします。

当時、僕はまだプロジェクトを持っていなかったのですがとにかく会ってみたかった。こんな地元な会社ででイケてるデザインしているのはどんなやつだって笑。

その頃、いっちゃん(高木さん)の事務所は自宅のアパートだったので、自宅にお邪魔しました。初対面なのに4時間ぐらいかけて俺の福祉への想いを一方的にただ伝えるみたいなのがファーストコンタクトでしたね。

高木:冬だったので、13時ぐらいに来たのに猪狩さんが帰る頃には外が真っ暗みたいな。

――初対面でどんな事をお話をされたんでしょうか?

猪狩:4年前に、初めて福祉の分野に配属されました。配属されてから1年は、黙って色々な福祉の現場に顔を出して勉強していました。その時に、福祉の分野に関わる人達の熱さや実直さ、深い愛情のようなものを初めて知り、そしてその想いの周りへの届いてなさを感じました。福祉の人達の熱い想いやパッションをもう少し世の中に対して伝えていくのが良いのではないかと思っていました。高木さんと出会ったのはその頃で、4時間でその想いを高木さんに一方的に伝えました笑

高木:僕はその頃、地元の面白さを発信できればいいなと思って、地域アートイベントをやっていました。街歩きしながらスケッチしたりラップのリリックを書くなどのワークショップを開催して仲間たちと芸術祭をやっていたんですが、メンバーに福祉をやってる人がいて、福祉分野の課題など触りぐらいは聞いていることでした。

そういうタイミングで猪狩さんと出会って、いわき市の福祉の現場だったり、福祉の人たちの活動とかをいろいろ教えてもらって、めっちゃ面白いというか、発信したりデザインの力で何とかできないかという可能性を感じてですね。初対面の時は何も一緒に決まっていなかったけど、何かできるかなということを漠然と笑。

猪狩:何やろうぜよりも先に「一緒にやろうぜ」というところから始まった。最初の時は名前もなかったし、単純に「なんか福祉結構アツいから、何とかして伝えたい」みたいに進んでいきました。文章を作れたり写真を撮れるやつが欲しいよねと言ってメンバーが増えたり。WEBを作ろうと思ってたけど、おじいちゃんとかおばあちゃんが手に取れないので印刷版も作りたい、みたいな感じでいきあたりばったりでした笑

高木:田舎なので、 東京みたいに、デザイナーがいて、アートディレクターがいて、クリエイティブディレクターがいて…みたいな体制はないので、それぞれ個々にスキルを持ったメンバーが集まったって感じですね。

猪狩:やりたいことと伝えたいことのステージごとにメンバーが加わっていきました。田舎っぽいといえば田舎っぽいし、クリエイティブの未来っぽいといえばクリエイティブの未来っぽいですね。


方言を使うことで、先輩(おじいちゃんおばあちゃん)たちが、ぐっと身内感を感じて受け入れてくれる

――igoku(いごく)は、いわきの訛りで「動く」という意味の単語から名付けているそうですね。この名前はどこから来たんですか?

猪狩:40代のぼくらは(介護や福祉は)これからなんですよ。 僕とかいっちゃん(高木さん)はあと10年ぐらいするとリアルにお父さんお母さんがどっちかが亡くなっていく年代。igokuはできるまえから届けたいターゲットは決まっていた。これからくるだけど、まだ当事者じゃない介護に興味ない40代のまさに僕ら。「介護知らない・やったことない・まだ当事者じゃない・日々の生活が忙しい」みたいな。そんな人が手に取ってくれるかっていうターゲット設定だけは早めに決まっていました。

高木: そういうターゲット層に手に取ってもらうために、よくある福祉系の印刷物のようにthe 福祉みたいなトンマナではないデザインにしようと思いました。そして、いわきの人に愛着を持ってもらえるタイトルがいいなと思って、まだ白紙の状態で何も決まっていなかったので、冊子のダミーを作った時に仮で『igoku』と入れました。(「いごく」は「動く」のいわき訛り)

「いごく」と付けたのはたまたまで(笑)その頃、芸術祭のために地元の古墳をリサーチしていたら、歴史に詳しいおじいさんに偶然出会って、お宅にお邪魔させてもらったら、おじいさんが研究した郷土資料がめちゃめちゃいっぱいあって。その文献の中にいわきの方言集みたいなものがあった。その時にはこのプロジェクトにつけようと思っていなかったので頭の片隅でストックしていたんですけど、冊子のダミーを作っている時にいいなと思い出して使ってみました。

猪狩:実は、僕らの世代はそんなに訛っていない。ただ方言を使っていくことで先輩たちの懐に入りやすくなる。40代の俺と90代のおばあちゃんの間には、方言にもジェネレーションギャップが あるんだけど、俺らが訛ることによってより親近感を持って受け入れてくれ るみたいな感じがある。

俺らはigokuという訛ったプロジェクト名なので、先輩たちには名刺代わりの挨拶としてはわかりやすい。「どこか遠い所の話じゃなくて、この地域の話なんだね」というとをすぐ伝えられるのはすごく楽。

役所のプロジェクトに対して遠さを感じてたおじいちゃんおばあちゃん達が、方言を使うことでぐっと身内感を感じてくれる 。全国の人に言いたいのはとりあえず訛っておけっていうことですね、先輩たちの訛りに寄せておけ、みたいな笑。

――igokuを初めて出したときの反応ってどうでした?

猪狩:最初の発行は、5000部くらいだったので、医療とか介護の関係者がごっそり持っていきました。当時の発行責任者は俺だった。他のみんなはチームを組んだばっかりだったし、俺は役所の職員として怒られるかもなと腹はくくってた。だって役所の発行物なのに、死ぬとか、ジジイになるがいいとかそんなことしか書いてなかったし。

ただ結果、全然怒られることはなかった。その時に、結局まだまだ誰にも届いてないんだなって思いました。

猪狩: 当時(四年前)、僕はいまよりももっとペーペー平社員だった頃に、はたから見るとわけわかんないプロジェクトとわけわかんないフリーペーパーをほぼほぼ上司に無断で作ったわけですよ。ちくいち、上司の許可をもらってからやっていた訳じゃなくて、俺がこの街に必要だと思って俺が勝手に始めたプロジェクトだった。

市役所の中に、キーマンがいて、この人を突破すればGOできそうって言う人がいた。 いろんな人の協力を得て、出せる形までフリーペーパーを作ったけれど、その人にノーと言われてしまったら出せない。これはどの自治体にも会社にもいると思うんですよ、トップもいいって言うし他の社員もいって言うけど、あの人が…みたいなキーマン。

完成前のラフを上司達に見せた時、反対してくるだろうと思っていたおじさんが俺のところにすぐ来たんで、「ああ、やっぱり駄目だったのか…今から文句を言われるのか、こんなの役所で出さないよって言われるのか…」と内心、思ったんです。

その上司が「 タイトル(igoku)が訛ってるから、特集のコピーもいわきの訛りでやっぱ家(うぢ)で死にてえなにした方が良いよ」って笑。その時は、コピーライティングが「やっぱり家(いえ)で死にたいな」という標準語だったんです。

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igoku vol.1  
最終的に配布された特集のコピーライティングは
「やっぱ、家(うぢ)で死にてえな! 
(引用元:igoku)

猪狩: 1秒後にいっちゃん(高木さん)に電話して、これを今打ち直して送り返してくれって伝えて、5分後に文言が変更したバージョンを印刷し直しました。すぐその人に見せたら、「最高だ、これ絶対やろう!」って言ってくれて。

一番反対しそうだと思っていた人が「こうしたらいいんじゃない」って言った5分後に直して見てもらうっていう、それがigoku誕生のキーポイントでした。あのおじさんが賛成してくれれば…という場面のヒントになればいいなと思ってます笑。前向きなことを言ってくれた5分後に、それを踏まえた更に前向きなフィードバックを返せばそのおじさんはうんというしかなくなってしまうので。

自分を信じて、ちょっと頑張って勇気だせばいい

――igokuではメディアだけではなくリアル体験の場となるigokuフェスも開催していると思うのですが、メディアとフェスで運営してみて何か違いはありましたか?

猪狩:俺らはそこはセットだったんですよ、間接的な情報発信としてWEBやフリーペーパーを見ててもらうのと、直接体験として、棺桶に入ってもらうみたいなことを両方できたらいいよねっていうのが。どっちもやってくれると俺らの世界観を分かってくれる、まあ世界観というか、人は必ず人は老いて死ぬという当たり前のことをタブー視しないで、目を背けずに考え、語り合える社会にしたいというのが、igokuの大きなテーマなんですけど、そのテーマは大きくて重い。だから、情報発信という間接的なもの、頭で考えるだけでは弱くて、直接体験型、身体性、体で感じるということとセットで展開することが絶対大事だと思ったんです。

高木:猪狩さんはやりたいことがめちゃくちゃ多いんですよね笑

猪狩:そう笑。俺は毎日、メンバー共有のグループに大量のメッセージを流してて笑。ボンボンボンボン、 思いついた時は100ぐらい行くんです。

高木:やっぱり(デザインの)作業する時間は必要なんで、作業中はメッセンジャーの通知を全部オフにしてます笑  別な作業をやってるうちに、どんどんメッセージが溜まっていて、メッセージを開くと新しいアイディアがたくさん来てます。

猪狩:igokuあるある笑。公共(役所)側の俺がいっぱいアイデアを流す。これダサいとか、俺だったらもっとこうしたいとか、こうしたほうがもっとテンション上がりそう、とか。

高木:でも前提として、スルーしてくださいみたいな書き方をしていて。そこが猪狩さんはすごいなと思います。猪狩さんは「できたらやろうぜ!」みたいなノリで。

猪狩:みんなはみんなでいそがしいから、うざいと思われるけど、浮かんだ時に言うねみたいなスタンスで毎日送ってます。笑

高木:(通常の)行政が関わるクリエイティブだとにありがちなパターンに、確認が何段階も発生していて反応が遅くなっちゃうというところがよくありますよね。でも、猪狩さんみたいなスピーディな人が担当になると、こっちもスピーディに対応できる。猪狩さんは、パンと端折ってアクションというか、こっちにくるんで、そこはigokuの面白いところなのかなと感じました。

猪狩ちょっと頑張って勇気だせばいいと思うんですよ、全国の役所の皆さんも。俺がスペシャルというわけじゃないので。上司は少し固い、でも自分はもうちょっとこうしたらいいと思うという間に挟まれてるわけですよ、40歳くらいの役所の職員は。自分を信じて、かつあと半歩ぐら踏み込んて、自分が市民だったらとか、中堅のキャリアがあればここまでは自分の許容でいけるよね、やっちゃっていいよねっていうのがあるはずなんですよ。

福島県いわき市の猪狩とigokuは、やってるよねっていうことが拡まる。俺自身は自分やigokuが売れたいとか有名になりたいとは全く思ってないけど、全国の市区町村とか県の職員が、「いってんじゃん、猪狩あそこまで。そこをいってもいいんだ、あんなこともやっちゃうんだ。しかも、このスピード感で」 っていうところが広がれば嬉しいな。

だって、企業よりも公共の方が、インフォメーションを受取る受け手の数が絶対に多いじゃないですか。全市民に市からのお知らせを配布したりとか。だから、例えば100億円のプロジェクトだったら1億円をかけてでも、そのプロジェクトの意図や想いをわかりやすく伝えるっていう意識と予算の配分とアクションが、いわき市もはじめ、全国で圧倒的にたりてないかなって感じます。

国の施策なんかでも、何を言っているか、どういう意図で何をやろうとしているのか、一般の人にはよく理解できないんですよ笑。俺らは忙しいし、自分には関係ないからと思いがちなので、チラッと見て分からないと、国がなんかやってんなみたいな感じになっちゃう。本当は「このプロジェクトはこういう想いでつくって、こういうことことをやって、結果、こういう効果や社会を目指したいんですっ伝えられたら、「なるほど、そうか。そういうことなら、私にも関係あるな」とか「それなら、私も応援するわ」と多くの人が分かってくれると思う。

誰のため何のためにという本質的なことをもっと掘り下げて考える、そしてそれをしっかり伝えるっていうことをやらなきゃいけないと個人的には思っています。年代は関係ないけど、俺らはもう40代だから。誰かにやりなさいと言われなくても、いい感じの行政、いい感じで分かりやすい情報発信なんかを、もういい加減、やっていこうと思っています。

想いが強ければ強いほどコミュニケーションの”ワキを甘くする”

――情報発信したり、体験を作っていく中で、それに関わって参加してもらった市民や、ターゲットとしていた40代の介護当事者ではない人たちから、なにか反響があったり、こういう風に変わっていったみたいなことありましたか?

猪狩:いごくフェスというイベントにお越しの皆さんを見てると、三世代で来ていた方々が目につきました。おじいちゃんおばあちゃんと孫がいごくフェスに行く。だから親である40ー50代が一緒に行かなくちゃいけなくて、結果、三世代で来る。それで「へー、こんなプロジェクトがあるんだ」っ知る。棺桶入ったり、遺影のフォトフレームでスマホで写真撮ったりしたあと、フェスの帰り道に、孫がおじいちゃんに「おじいちゃんは、最期をどこで迎えたいの?」なんて訊いちゃう。日々の暮らしの中だったら、「ドキっ」とするような質問でも、老いや死を(不謹慎に)楽しんじゃうフェスのその日だけは、孫訊いちゃう、おじいちゃん答えちゃう、息子・娘それに耳傾けちゃう。将来、本当にそういう時がおじいちゃんに訪れた時に、「あー、そういえば、いごくフェスの時、オヤジ、こういう最期がいいとか言ってたな」という家族が一組でも多く出てくれたら、サイコーです。

もう一つ、igokuの「ワキが甘くて面白い」ところはぶらさない。「真面目にフマジメ」をチーム内のスローガンに掲げているので。それが前提でありながら、なおかつ親父と孫が楽しんでいくものだったら、まんざらでもないのかなみたいな少し遠回りな届け方が丁度良いのかもしれない。


igokuを試行錯誤しながらやった3年間の学びとしては、行政側から届けたい想いが強ければ強いほど、ワキを甘くするっていうのは、公共のデザイン分野でもしかしたら1つキーワードとしてはあるかもしれない。言い換えると、想いが強いほど、あえて「ゆるゆる」(の表現)にする、想いと反比例するように文字数を減らして余白を作る。あなたの想いをつくって届きたかったら、一旦ちょっと脇を緩めに発信しませんかみたいな。肩に力入れすぎて、A4の紙にこれでもかというほどのお役所言葉をパンパンに詰め込みすぎないというか。

そんなお知らせが役所から来た瞬間、ほとんどの人は見る気をなくすでしょ。さらに地域に住んでる人はもっとゆるい方が取っ付きやすいと思うし、参加しやすいから。そのゆるさを、日々のSNSでの情報発信をはじめ、WEBのデザインやステートメント(宣言文)なんかでどれだけブランディングしていけるか。ブランディングというとカッコよく聞こえるかもしれませんが、要は、「おっ、これ、なんか役所っぽくないね」とか「役所にしては見やすいし、内容もシンプルでいいな。」と認識してもらうこと。僕らは、そういう実験と実績を早く積み上げたいと思ってる。「少なくとも、福島県いわき市では、ガチガチのパターンよりもゆるゆるのパターンの方が人がよく参加してくれました」みたいな事例。結果を出して全国に横展開できれば、全国の自治体の人もやる気があればやるほどワキを甘くしましょうといえるので笑。

「あなたのパッション分、逆に力を抜きましょう」っていう今まで誰も提案したことのないこと。そもそも、行政から発信する時点で市民は構えるから。肩の力を抜いたくらいのデザインやチラシの方がとっつきやすいはずなの。

高木:あと、他の住民の皆さんたちにも、何かいろいろと手伝ってもらってるみたいなところありますよね。

猪狩:そう。あと「僕できません!」みたいなことを役所の人が言った方がいいんですよ。やりたいけどできない、だから高木さん手伝ってください、と。

高木:例えばフェスの出店とかで地域のおばちゃんにちょっと相談すると、「おば ちゃんたちに任しておきな!」とか言って、めちゃくちゃうまい手料理を破 格の値段で出してくれたりとか。

猪狩:冷静に考えれば、役所側も市民もお互いわかるはずなんですよ。役所が役所だけで全てをパーフェクトにできるわけないっていうのは役所の人もわかってるわけですよ。市民の人も本当はそれはわかってるんですよ。

だから、役所VS市民のような対立構図になるような社会はアンハッピーしかないですよね。クレーマーからすると、よけい態度が硬くなるわけですよ。「俺らの税金でやってんだと。ちゃんとやれよ」と。その先にハッピーエンドのゴールはない。なのに今はそんな空気がどんどん蔓延してる。

役所も弱音を吐かないと。(中略)俺がやりたいゴールはここだけど、俺ができるのはここまでで、俺1人ではできませんていうのを言うのがいいと。

猪狩:いわきの年配の先輩方と関わっていると、先輩たちはみんな言ってくれるんです。「お前ら、少ない人数でがんばってるよな」って。そういうお互いの関係性を築きあげれればいいなと思ってます。要は、役所も弱音を吐かないと。俺はもともとちゃんとできない職員だけど、ちゃんといっちゃん(高木さん)にお願いする。「こういう社会にしたい、でも俺はできない。だからお前ここ手伝って」みたいな。俺がやりたいゴールはここだけど、俺ができるのはここまでで、俺1人ではできませんていうのを言うのがいいと。

公共っていうのはまさに、お互い(行政と市民)がハッピーに過ごしていく環境を一緒に作っていくんだっていうバイブスとか雰囲気を出していくだけでも意味がある。そのムーブメントを僕だけじゃなくて、これから全国のいろいろな地域で、官民を超えて、みんなが無理なくちょっとずつおもろく関与して行った結果、いつの間にか、ハッピーな暮らしやハッピーな地域は、特定の誰かが責任を持って作るのではなく、振り返れば当たり前だけど、一緒に作っていくんだという社会になってればなと思います。

高木:僕は役所の人たちがバタバタとコロナでの対応をしてくれているリアルな現場の話を猪狩さんから聞いているので、やっぱりそういう話を聞いてしまうと市民VS行政みたいな気持ちにはならないんですよ。じゃあどうやったら改善できるかとか、なんかそういうマインドになっちゃいますよね。公務員の辛さみたいなものを共有したり、そういう関係性が結果的にいい感じになってるような気がします。

猪狩:役所が言いたいことがうまく伝わらないから、市民や民間企業との間にすれ違いやベクトルの共有がされずに、結果、対応すべき事がたくさん発生してしまうのかなと思います。でも役所の人はわかんないわけだよね、どうやって伝えたらいいのか。自分たちが大変だ、ここは自分たちだけでやり切れないので、手伝って欲しいと言ってはいけないんじゃないかとか。
だからこれからより大変な時代になる中で、行政も、市民も、民間事業者も力を合わせていかなくちゃいけない、その1st ステップだと思っています。デザインやクリエイティブの力を借りて、役所が考えていること、望んでいる理想の社会、取り組んでいる事業を分かりやすく伝えていくということが。

――igokuは、猪狩さんの想いや伝えたいことを表現に落とし込んでいて、グラフィックデザイナーの得意分野を最大限に生かしたプロジェクトだと思いました。普段の仕事では気にしないけど今回のプロジェクトで意識したことなどありましたか?

高木:あんまりないかもしれないです。僕はアウトプットを作ることによってお客さんの利益にもなるし社会課題的なところにもアプローチできるというところに、モチベーションを感じるタイプなのでやりがいをすごく感じます。

igokuの活動で地域の人に会ったりするのは、仕事未満みたいな手前のコストは高いかもしれないけど笑。でもそこがないと作れないところだし、頂いた原稿だけで「はい、作ってください」という仕事はつまらない。

強いて言えば、これが正解だみたいなことはあんまり考えないで作っているかもしれないです。グラフィックデザイン的にはこうしたほうがいいとか、グラフィックデザイン的なルールとかはあまり考えないようにして、どうすれば届られる可能性が高くなるのかみたいなことを意識しています。


 新しいフェーズに入ったigoku。公共は一部の人のものなんですかっていう問いを改めて立てる。

――猪狩さんは今年になってからigokuの部署から異動されたと伺いました。

猪狩:はい、この4月に異動となりました。igokuについては、猪狩がいなくなってからトーンダウンしたと思われるのは嫌だし、でも異動したのにあんまり強く関わりすぎるのも嫌だしっていう想いの中で、どう気持ちよくバトンタッチし、ソフトランディングできるか考えています。

次の2代目igokuも見たいんですよ創業者として。誰よりもigokuのファンだと思ってるんで、関わりすぎないように離れすぎないように距離を保っています。

高木:igokuは新しいフェーズに入りましたよね。

猪狩:俺はなるべく自分が口を挟まないようにして、今igokuを作って人たちが新しいigokuを作ってくれればいいって。

高木:公共デザイン行政の課題というか、行政はリーダーだった人が移動しちゃう問題はちょっと辛いかもしれないですね。

猪狩:多分、ここまでは全国どこでもよくあるじゃないですか、へんちくりんな奴がグイグイやったプロジェクトが担当が変わって終りましたっていうのは。igokuも、結局俺がいなくなった後に駄目になる可能性もある。

でも、役所のちょっと変な職員から始まったプロジェクトが、役所側は人事異動で強くなったり弱くなったり、下手したらなくなったり、休眠状態になったりはあるかもしれませんが、高木をはじめ他のフリーランスなメンバーが受け継いで、実は公共のデザインと発信っていうのは役所の人たちだけのものじゃないんだっていうフェーズに入っていくのは面白いかなと思います。公共って一部の人のものなんですかっていう問いを、今改めて立てる感じ。

先ほども言いましたが、一番多くの人に関係があって、故に、うまくいったら一番多くの人たちにハッピーをもたらせるかもしれないのが行政だと思うので、その行政の取組の「発信」には、もっと多くのクリエイティブをかけてもいいんじゃないかと。

高木:いわき市のクリエイティブディレクターになりたいです!笑

猪狩:igokuチームではいつもみんなで「怒られたい」って話してるんです。これだけ好きにやっても、いうほど怒られてないから笑。僕らもみなさんも、やりすぎだなって思うぐらいでも、まだ足りないですよ、多分。本質、ゆるゆる、楽しい、一緒に、クリエイティブ、発信、あたりをキーワードに、「真面目にフマジメ」で、もっとガンガンやっていきましょう!

おわりに

地方公務員の猪狩さん・デザイナーの高木さん、お二人のお話を伺うなかで、お互いに弱さを見せる勇気を持って、共に街をつくっていくことについて語られていたのがとても印象的でした。

また、いわき市で暮らすフリーランスの人たちが市役所の公務員とチームを組みプロジェクトを推進していることも、その土地の当事者たちを巻き込みながら街を暮らしやすくしていくプロセスで公共の民主化を行っている実践の一つだと感じました。

今回のような現場の話が、行政内で尽力されている公務員の方々や、それを一緒に作り上げている方々に届けば幸いです。行政×デザインの話題についてもし興味をもっていただけたらば、本マガジンのフォローをお願いします。また、このような公共のサービスデザインやその取り組み、その他なにかご一緒に模索していきたい行政・自治体関係者の方がいらっしゃいましたら、お気軽にコンタクトページよりご連絡ください。

一般社団法人公共とデザイン
https://publicanddesign.studio/

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