『不適切な』『おっさん』達から目が離せないワケ
1月からの冬ドラマ『不適切にもほどがある』と、『おっさんのパンツがなんだっていいじやないか』を、興味深く見ています。
どちらも、ほんの3-40年くらい前なのに、昭和と令和では、価値観やテクノロジーが大きく様変わりしていて、その世代間ギャップに戸惑う昭和のおじさまが主人公のドラマ。
『不適切にもほとがある』では、体罰、暴言、セクハラ、コンプラ違反のオンパレードを当然の文化としている昭和の体育教師・小川市郎(阿部サダヲさん)が、現代にタイムスリップしてきて、令和に生きる私たちからすれば不適切すぎる言動を繰り返します。
でも、人懐っこくて、スマホ文化にもちゃっかり馴染んでしまうお父さんのキャラクターがなんとも憎めず、多様性やジェンダー、コンプライアンスに配慮するあまり、がんじがらめになってしまっていたり、先行き不透明な未来を憂いて停滞感が否めない令和世代には、元気に風穴を開けてくれる存在として、一目置かれているのが小気味良い感じ。
昭和から、令和へ。
文化も、価値観も、テクノロジーも、どんどん発展して、多様性に富み、彩り豊かになっているように思っている人が少なくないけれども、新しい価値観や文化の陰で、失いつつある大切なこと、見過ごしてしまっていることもあるよねぇ、とノスタルジックな気持ちも味わいながら楽しんでいます。
さらに、阿部サダヲさん演じる小川が、妻を早くに亡くし、令和で出会う女性役の仲里依紗さんがシングルマザーであることから、震災などで家族を失い、時代を超えて励ましあう展開があるのか?などミステリー要素も加わってきて、この先の展開に目が離せません。
対して『おっさんのパンツがどれだっていいじゃないか』は、原田泰造さん演じる昭和のお父さん・沖田誠が家庭でも職場でもデリカシーのないダメ親父、ダメ上司として描かれていて、アップデートを余儀なくされています。
お父さんは、ある時、数ヶ月前から引きこもっている息子の友人がゲイであることを知り、自分もその友人と友達になることで、周囲の多様性を受け入れるべく、価値観や態度をアップデートさせていきます。
マイノリティとして味わってきた辛さや疎外感を他者への共感力に昇華させ、お父さんの凝り固まった価値観を穏やかな言葉がけでほぐしてくれる友人・五十嵐大地(中島颯太さん)は、昭和世代と令和世代をゆるやかに橋渡ししてくれる貴重な存在。
私も、自分の周囲とは少し違った環境で育ったことがきっかけで思いがけず育まれることとなった“共感性”を、他者理解に繋げたいな、と感じているので、お父さんのアップデートを応援する友人・大地の視点でドラマを見ています。
あわせて、このドラマの中で改めて気付かされたのは、性別や、年齢、働き方など、多様な属性や価値観を持つ人たちと共生していく中では、折に触れ、自分の心無い一言で他人を傷つけてしまう可能性があるということ。
できるなら、予備知識として『他者を傷つけうる発言』(日経クロスウーマン的には『駄言』)を知り、使わないよう、気をつける。
それでも傷つけてしまったら、できる限り体面で非礼を詫びて関係を向上させていかなくては、という思いを強くしました。
家事に子育てに献身的なお母さんが、これまでの我慢をぶちまけるように、でも、淡々とした口調で
「ご飯が出てくるのを当たり前だと思わないでほしい」と語るシーンも、グッと来ました。
昭和、平成、令和へと時代が移りゆく中で、
私たちの価値観の中には、『アップデートすべきこと』と、『変わらず大切にすべきこと』が混じり合っていて、ふるいをかけるような作業が必要な時期なんだなぁ。
そんなあれやこれやな思索を巡らせながら、引き続きドラマの展開を楽しみたいと思っています。
※『駄言』を無くしたい!という思いに共感される方は、以下のリンク🔗の特集記事をぜひご覧ください。
※日経クロスウーマンblog(2/21掲載)より転載
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