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短編小説「透かしても見えない」第四話 トモダチ

◆◇

駒沢涼真を成仏させる。
そう決意したところで何から始めれば良いか分からない私は、ひとまず「幽霊」というものを理解しようと、図書館で心霊系の本を読み漁った。けれど、分かったことは幽霊にもいくつか種類があるらしいということ、スピリチュアルな話とセットで考えられることが多く、実際のところはよく分からないということだけだった。
つまるところ、何も分かっていない。
「まあ、そんなもんよねえ」
大丈夫、はなから本で解決できるなんて思ってなかった。こんなのは前座だ。
「どうしたの、唯佳」
大学の昼休み、食堂で一緒にご飯を食べていた谷村沙紀たにむらさきにそう訊かれ、考え事をうっかり口にしてしまっていたと気づく。
沙紀は私と同じ経済学部の友達。一回生のころに仲良くなり、以来大学では行動を共にしている。
「あ、いや、なんでもないよ」
「ほんまに? なんか、悩んでない?」
柔らかな関西弁を使う彼女は奈良県出身。その口調はさることながら性格も和やかで、一緒にいると心が落ち着く。
「……ばれた?」
「うん、だって顔に書いてあるもん。話してくれてええよ」
まったく、彼女の前では心を隠せない。人の気持ちに敏感で、しかも寄り添って一緒に考えてくれる。だからいつも、私は彼女といるのが心地良いし、何もかもさらけ出せると思えた。
「沙紀はさ、幽霊って見たことある?」
「え、幽霊」
「うん」
たぶん彼女は、私が恋の悩みでも打ち明けると思ったのだろう。幽霊という意表を突く言葉に目を丸くしていた。
「うーん、見たことはないかなあ……」
「だよね」
「やっぱり霊感ないと見えへんのちゃう? 私はないから全く感じたともなくて」
「私もない、はずなんだけど」
「どないしたん」
「“いる”んだよねえ。幽霊」
「へ、どういうこと?」
「私のそばに、実は幽霊がいるんだ」
「え!」
ガタン、とテーブルに手をついて沙紀はとっさに立ち上がった。いつも穏やかな彼女がこんなに激しく驚いてくれるなんて思わなかった。
周りで同じように食事をとっていた生徒たちが何事かとこちらを見てきた。「ごめん」と慌てて座り直す沙紀。
「こちらこそごめんね。びっくりさせて」
「ほんまにびっくりした。でも本当なの? 幽霊が憑いてるって」
「うん。信じてもらえないと思うけど、今もずっと後ろにいて……」
私は、そっと後ろを振り返る。そこには例によって涼真がにっこりと笑って立っていた。ふう、と息を吐いてもう一度沙紀の方に向き直る。
「ほえ〜。信じられへんけど、まあ唯佳が言うことやから」
私は信じるよ、としっかり頷いてみせる沙紀は本当によくできた我が友だと思う。
「ありがとう。でもさ、さすがに私も幽霊を成仏させる方法が分かんないんだよねえ。この幽霊さ、とってもひょうきんなお調子者で、悩みなんか一つもなさそうなの」
私は、「この幽霊」のところで後ろの涼真を指差した。彼は、「え、ちょっと何言ってんだよ!」と叫んでいる。がその声はもちろん私にしか聞こえないわけで、沙紀は「そんな幽霊いるんや」とくすくす笑っている。
「そうそう。いっつも私に『何して遊ぶ?』とか『おいしいおばんざい食べたい』とか、人間みたいに大学生活謳歌しようとするし。沙紀からも何か言ってあげてよ」
「えー、それはほんまに可愛い幽霊さんやね。もうしかしてその幽霊さん、唯佳のこと好きなんやない?」
沙紀の口から予想外の言葉が出てきて、私は思わず「そんなわけないじゃん!」とすぐさま否定した。咄嗟のことで声が大きくなったせいか、また周りの人たちから視線を集めてしまった。
「ふふ、まあそうやね。でもそうやったら可愛いなあって」
ゆるふわ系の沙紀が“可愛い”と言えばそりゃなんでも可愛く見えるのだろうが、さすがに見ず知らずの幽霊が私のことを好きなどというのは肯定できない。せめて生きている人間であってほしい。いや生きていても見知らぬ人から好かれるのはイヤだ!
沙紀は終始にこにこと笑っていた。その汚れのない笑顔を見ていると、もう彼女が笑ってくれるならなんでもいいとさえ思えるから不思議だ。
「じゃあ、そろそろ3限始まるから行くね。また話聞いてね」
「いってらっしゃい。もちろん」
沙紀は次の授業が空きコマだから図書館に行くらしい。私は沙紀を残して一足先に次の授業の教室へと向かった。


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