短編小説「透かしても見えない」第五話 デートのお誘い
「さっきの、ひでえ。沙紀ちゃんに俺のこと変なやつだと思われたじゃん」
3限が終わり、私もようやく空きコマになった。大学構内にあるベンチに腰掛けていると涼真が話しかけてきた。11月の大学構内は少し肌寒い。でも、木々たちが色づき始めるこの時期は構内を歩くだけでも気分が高揚した。
暗黙の了解だが、周りに人がいる際は話しかけないというルールになっている。いまはちょうど、ほとんどの生徒が授業で外にはいないため、涼真にとっては私に話しかける絶好のチャンスだろう。
「事実を述べたまでよ。てかさ、沙紀のこと馴れ馴れしく“沙紀ちゃん”って呼ぶのやめてくれない? 彼女にはあなたのこと見えてないのよ。ただの気持ち悪いストーカーになるじゃない」
気持ち悪いストーカー、はさすがに言いすぎたか、とおそるおそる涼真の顔色を窺ったが、いつも通りけろっとしており、いらぬ心配だったと後悔。
「いいじゃんいいじゃん。幽霊にだって出会いを求める権利はある! ……まあ、実際は出会いたいなんて感情、湧かねえんだけどさ」
「そうなんだ。意外」
「おい、今失礼なこと考えてただろ」
「まあ、それなりに」
「俺はさ、遊びに行くのも一緒にご飯を食べるのも、唯佳ちゃんとがいいんだよ」
「……は?」
突然の爆弾発言に戸惑う私。
いま、この幽霊はなんて言った?
私とがいい? 嘘だ、そんなの。いつもの冗談に決まっている。テキトーに会話してるだけだ。
「はは、まあ私にしか見えないものね。そりゃ一緒にいても気づいてもらえない人となんか、一緒にいたくないよね」
「うーん。それもそうなんだけど。なんかね、心の奥っ側からもう一人の俺が叫んでるみたいなんだ。唯佳ちゃんともっと喋りたいって」
「……それって」
なんでだろうな、と宙に浮いた状態であぐらをかき腕を組んで本気で考え込む涼真。
「俺も分かんねえけどさ、本能がそう言ってるんだから仕方ない。だから今度、デート行こうぜ」
「デートって」
幽霊と? と言いたい気持ちをぐっと堪え、私は先ほどからなんとかなく感じていた違和感について考えていた。
涼真が「唯佳ちゃん」と私の名前を呼ぶたびに、ズキンと頭が痛くなる。
私を「唯佳ちゃん」と呼ぶのは、中高の時の友達しかいない。呼び捨てにする人が多いから、そもそも“ちゃん付け”してくる人は滅多にいないのだけれど。
彼が私を呼ぶ声が、どうしてか懐かしく感じるのだ……。
「唯佳ちゃん、どうかした?」
「え、いやなんでもない。それよりデートって何よ。どこ行くの」
私は思いの外自分が涼真との「デート」を満更でもないと受け止めていることに気づく。
「お、よくぞ訊いてくれたね。実は、これに行きたくて」
そう言うと彼はズボンの後ろのポケットから一冊の雑誌を取り出した。彼のポッケは四次元ポケットなんだろうか。まあ幽霊なのだから何が起こっても今更動じはしないが。
「紅葉スポット?」
「そう。時期もちょうど良いし、去年はあんまり紅葉見られなかったから。今年こそってね」
幽霊にもなって「今年こそ」は変だろうとツッコみたくなったが、目を輝かせて語る彼があまりに純粋すぎて否定する気がまったく起きなかった。
「……いいよ。でもせっかくなら、これがいい」
私は彼の持っている雑誌の表紙に載っている「夜間紅葉ライトアップ」というところを指さした。
「ライトアップ! そりゃいいね。ぜひ行こう」
こうして私は不覚にも幽霊と紅葉デートに行くことに。心のどこかでワクワクしている自分に驚く。
男の子とデートなんて、いつぶりかしら……。
涼真とのお出かけなんていつもと変わらないはずなのに、デートと言うだけで特別な意味に感じるのは、気のせいだろうか。
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