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短編小説「透かしても見えない」第七話 出会い

◆◇

「でさ、来週一緒に行かへんか誘われてんねんけど、唯佳はどう?」
翌日、5限目マクロ経済学の授業が終わり、一緒に講義を受けていた沙紀と教室を出ようとしていたところだった。同じように教室から退散しようとする学生たちの人並みに揉まれて、沙紀の声があまり聞こえない。ようやく教室から出て「なんて?」と聞き返したところで彼女はこう言った。
「コンパ。サークルの。友達も誘っていいよって言われてん。唯佳もどうやろって」
沙紀は和楽器のサークルに所属していて、どうやらそのサークルでコンパが行われるらしい。忘年会には少し早いが、一体何のコンパなんだろう。
「うーん、なんやろね。たまにこういう交流会みたいなのあるし、飲みたいだけやと思うけど」
ふふ、といつもみたいに穏やかに笑う沙紀。まあ沙紀と一緒に飲みに行けるならコンパだろうがなんだろうが私は大賛成だ。
「分かった。いいよ。ちょうど飲みたい気分だったしね」
「お、ありがとう。じゃあ先輩に伝えておくね」
「うん、お願い」

和楽器サークルのコンパは木屋町通りという京都随一の飲み屋街で行われるらしかった。
私は沙紀と京阪電鉄の三条駅で降りて、そこから二人で目的のお店まで歩いた。もちろん、後ろには涼真がいるのだが、沙紀と一緒の時彼はいつも黙っていてくれる。
金曜日の夜。学生だけじゃなく、サラリーマンたちも休み前の高揚した気分で楽しげに歩いていた。
「沙紀ちゃん!」
お店に着くと、沙紀の先輩と思われる女性が目一杯手を振った。派手すぎず、地味すぎない風貌がどことなく沙紀に雰囲気が似ている。
「こんばんは。朱里あかりさん」
「この前言ってたお友達?」
「そうです。こちら浜崎はまさき唯佳さん。唯佳、この人は岸本きしもと朱里先輩。三回生」
「初めまして、唯佳ちゃん。岸本朱里です。今日は来てくれてありがとう。よろしくね」
「は、はい! よろしくお願いします」
第一印象だけで、岸本先輩が良い人だということが分かり、ほっと胸を撫で下ろす。緊張していた身体が一気に解けてゆく。
「ささ、上がって。みんなもう集まってるから」
「はーい」
どうやら私たちが最後らしく、三人でお店の中へと入って行った。
和楽器サークルの席に行くと、ざっと40人くらいが集まっていた。この中でどれくらいがサークルメンバーなんだろうか。
岸本先輩は長机の真ん中に、私と沙紀は端っこに二人で腰掛ける。
「それでは全員揃ったことだし、今日の出会いにかんぱーい!」
「「乾杯〜!」」
出会い、のところでおかしな挨拶だと思いもしなかったが、そんな疑問を考える暇もなく、私は注がれたビールを飲むのに夢中になった。
私の右隣に沙紀が、左隣には背の高い男の先輩が座っていた。彼は和楽器サークルの四回生で、和田高広わだたかひろというらしい。
「和太鼓みたいな名前だろ」
「先輩、自己紹介の時絶対そう言いますよね」
「だって、この方が覚えてもらえるじゃん」
「うわ、出た出た。さっすがサークル一のモテ男」
周りの女子から囃し立てられる和田先輩はいじられるのが好きなのか、ニコニコと笑ってみんなの話を受け流している。
「唯佳ちゃんって言うんだ。沙紀ちゃんの友達?」
「はい。沙紀には仲良くしてもらってて」
「なるほどね。沙紀ちゃん優しいもんね」
「もう、先輩、あんまりそういうこと言わないでください」
どうやら和田先輩は、どんな人と話しても上手に話を回せるタイプの人間らしい。その上、話している相手の居心地を良くさせてくれる。初対面の私にも後輩の沙紀にも、同級生の男の子たちだって、先輩の話に夢中になった。このサークルは先輩を中心に回っているのではないかと疑うほど、和田先輩は話がうまかった。
「ほーら、もう唯佳ちゃんだって俺たちの一員だ!」
楽しい時間が過ぎてゆき、酔っぱらった先輩が、私の肩にガシッと腕を回してくる。
えっ、と思わず声を上げそうになっていたのだけれど、いい加減私も酔っていて、抵抗する気力がない。「唯佳ちゃん!」と耳元で涼真が騒ぐ声がしたけれどもちろん彼に答えられなくて、私は和田先輩のなすがままになった。
「唯佳、大丈夫なん?」
心配してくれる沙紀の声すら、遠く聞こえる。
ああ、もう……。
眠くて仕方がない。私、こんなに眠くなるタイプだったかしら。でも、そうか。これまで一度にたくさん飲んだことなかったんだ。
「うん……。ちょっと寝るわ」
そう言ったが最後、視界がすっと暗くなり、私の意識は途切れた。


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