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短編小説「透かしても見えない」第十話 大好きな人へ

◆◇

翌日、土曜日。私は沙紀に連絡をとって、お茶をしようと約束をした。
12時に待ち合わせをして、鴨川沿いの以前から気になっていたカフェに二人で入る。私がお店に着くと、彼女は店の前ですでに待っていてくれた。
「唯佳、この間はごめんなさい!」
私と会うや否や、彼女は真っ先に頭を下げて来た。一体なんのことだろうと思ったが、昨日の和田先輩との一悶着を思い出し、「ああ」と合点がいく。
「いや、いいよ。というか、沙紀は悪くないし」
「ううん。和田先輩のこと信用しきってたのがあかんかった。普段はみんなのこと引っ張ってくれるええ人なんやけど、あの人も男や。もうちょっと配慮すべきやった」
心底申し訳なさそうに眉を寄せる彼女。でも私は、和田先輩とのことなどもうほとんど忘れかけていた。
「大丈夫って! さ、入ろ。お腹すいた」
大袈裟にお腹を抑えると、沙紀はいつものようにふふ、と笑ってくれた。
「ここ、前から来たかったんよね」
「沙紀も?」
「うん」
「実は私も気になってて。来られて良かった」
沙紀と私は案内された席につくと、二人とも「本日のパスタランチ」を注文した。運ばれて来たそれは、《季節のペペロンチーノ》。見ると、えのき、しめじ、カリフラワー、と確かにこの季節に美味しい具材がふんだんに使われている。
ニンニクの香りが鼻腔をくすぐり、二人してさっそくフォークを握る。ガーリックな風味が口の中に広がり、季節の野菜もとても美味しい。
「私、昨日涼真とお別れして来たんだ」
涼真、という名前を私が口にすると、沙紀は目を丸くして驚いていた。
「やっぱり、そうやったんや」
お冷グラスに口をつけた沙希が、パスタを食べる手を止めて私にこう告げた。
「唯佳が幽霊の話をし出した時、もしかして涼真君のことかなって、思うてた。あの事故から、唯佳は涼真君のこと忘れてしもてたから、あえて聞かんかったんよ」
「そっか。沙紀は鋭いのね」
沙紀は、私と涼真が交際し、死別したことを不憫に思っていた。事故から生還した私が涼真のことを忘れていたことにほっとしたという。その時、このまま私に涼真のことを思い出させないようにしようと誓ったのだと語ってくれた。私が自然に彼のことを思い出す、その日までは。
「唯佳が涼真を思い出す時、きっと唯佳は彼とのことを悲しいだけやない幸せな思い出にできると思ったから。私は唯佳を見守ってたかった」
本当やよ。
沙紀が、切なげな表情を浮かべるのを見て、彼女は今まで、私のために散々悩み葛藤してくれたのだと悟った。私が彼を思い出せない間、沙紀が彼を覚えていてくれたのだ。
それから沙紀は、私と涼真がどうやって出会って、どんなデートをして、私がそのことをどんなに嬉しそうに話してくれたかを教えてくれた。自分が経験した話のはずなのに、忘れていたことも多く、涼真の話を聞くだけで胸がいっぱいになった。
「唯佳、涼真君は幸せやったと思うよ。唯佳のことを一番知ってる私が言うんやから、間違いない」
「……ありがとう。本当に」
それからもお店にいる間はずっと二人で涼真の話をした。彼女と二人で恋バナをするのは慣れているのだけれど、涼真の話をする時にこみ上げる愛おしさは、何にも変えがたいものだ。
親友と、彼の話をして笑い合える日が来るなんて。
目尻に溜まる涙を拭いながら思う。
あの日、幽霊の涼真と出会えて本当に良かった、と。

【終】

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