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小説「まなざし」

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交通事故で聴力を失った女性、瞳美と彼女と生きることを選んだ恋人の真名人。音のない世界で、彼女のまなざしは何を語ろうとしていたのか。 普通の恋人と同じように愛し、すれ違い、味わうこ…
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#短編小説

まなざし(37) たった5文字

まなざし(37) たった5文字

「だ、い、じょーぶ、で、す」

誰がどう聞いても彼女の本来の声ではないと分かる声色だった。
けれど言葉を覚えたばかりの子供のようにゆっくりと放った言葉は、母の肩を震わせ、頭を上げさせるのには十分強力だった。

「瞳美ちゃん、あなた……」

言いたいことは分かった。
きっと母は「喋れるようになったのね」と続けたかったのだ。でも母さん、それは違うよ。瞳美は前から“喋れない”わけじゃない。今みたいな発声

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