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解体から床と壁まで

 
 毎日家にいます。

 次の家のリフォームを進めている。基本的には工務店さん任せで、週に1回差し入れを持って様子を見に行くだけだが、今回はコストを抑えることと、自分たちの興味もあって、一部の作業をDIYにしている。

 おかげでこの休みはパテとシーラーとペンキにまみれることになった。早朝にクルマで出掛けて新居にこもり夜帰ってくる、もうひとつのstay homeだ。

 元々この家は全ての居室が和室という今どき珍しい家だった。お年寄りのご夫婦がお住まいだったのでそれもわかるのだが、1階がオール畳敷きだと正直どこに何を置いて暮らせばいいのか悩む。しかも壁やドアを極力減らした今の家の開放感に慣れきってしまっているせいもあって、部屋はできるだけ大きく、広くしたい。ということで改装することにした。

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 3月に撮った改装前のお姿。そこはかとなく漂う大奥感。このままでも普通に住めるほどきれいなので迷ったのだが、ここは初志貫徹で行くことにした。

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 一体なんてことをしてくれたんだ!

 床の間を取ったせいで西側の6畳までがつながり、一気に見通しのいい空間が出現した。南側のV字の筋交いは残して表しで仕上げ、北側の一本は撤去する。そうすれば東西の行き来が楽になって大空間を生かせるはずだ。ちなみにその横で立っているのが我々を悪の道へと踏み込ませたヌシムラ氏。彼はローカル不動産会社のメンバーにして一級建築士、そのままでは一文にもならない廃墟同然の家屋を自力で再生させる変態、いやDIYのプロだ。

 元々は数年前に他の古いマンションを見に行った時に知り合ったのだが、その頃はまだ紺色のカーディガンに旧型のパンダで現地に現れる若者だった。黙っていると二宮和也に似ていたので勝手に「ニノ」と呼んでいたが、今では長髪にヒゲをたくわえた用済み不動産界のキリストと化している。

 改装の相談をしようとこの家に初めて一緒に来た時も、

 「いやあ、きれいすぎて何ができるかなっていうか、面白みがないっていうか」

 と極めて正直な(正直すぎるわ)感想を述べていたが、床の間も押し入れも天井も潰したいと言うと俄然やる気を取り戻した。どうやら多少なりとも「無からの再生」要素がないと駄目らしい。

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 床の間を撤去すると当然「床」板が出る。ヌシムラ氏がクンクンと辺りを嗅ぎ回っているのを奥さんが目ざとく見付け工務店さんに聞くと、どうやらケヤキの一枚板らしい。これを処分するのは忍びない。ちょうど2階の仕事部屋のテーブルを探していたところだったので、現地でカットして再利用させてもらうことにした。こういうところは中古の家を買っていじる楽しさのひとつだと思う。

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 同時に出てきた黒檀製の床柱の使い道はまだ決まっていない。仏像を彫る趣味でもあればそれに使うのだが今のところそのような欲望はない。次にヌシムラ氏が再生する家に床の間があったら、多分この柱が使われていると思う。

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 1階の吊り天井を取ってみると、そのまま2階の屋根裏の構造までが一気に見えるようになった。更に2階の部屋の壁の向こうには小さな空間があった。

 「2階の屋根がね、いいんですよ!」

 先月の解体時に工務店のカワハギさんが興奮して話し掛けてきた。普段は落ち着いた社長が鼻息を荒くしているので何事かと思ったが、これは確かに興奮する。

 「いいですねえ。この高さはめっちゃかっこいいですねえ」
 「でしょう。あとあの屋根裏、床付けたら立てますよ」
 「は?」
 「今は床無いんで、合板貼って押し入れにドア付けたら物置になりますよ」
 「それって、秘密基地みたいな!」
 「秘密基地みたいな!」

 男ってのは本当にダメな生き物だと思う。よく言われることだが、幼稚園の頃から死ぬまで好きなものが一切変わらない。うんこ、おっぱい、秘密基地。男性の三大嗜好のひとつはめでたく採用され、見積額が更に上昇することになった。

 そして天井を取っ払ったことでわかったことがもうひとつある。

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 2階の床板がそのまま1階の天井になるのだが、何故かその板に古材が使用されていた。元々は巨大なお屋敷があった400坪近い土地を割って建てられた家なので、ひょっとしたらその古い建物の部材を流用したのかもしれない。今となってはその由来は知る由もないが、こんな事情があったのかな、前の人はこんな風に暮らしていたのかな、なんて考えるのが私はとても楽しい。よく著名人の居宅が記念館として残されているが、実は歴史は人の数だけある。少なくとも私の場合、かつてその家にいた名もなき人の暮らしぶりを想像しながら、自分なりの暮らし方を考えるのが好きなようだ。

 なんて呑気に言っていられるのもここまでだ。床と壁を作ったところで、大工さんはお休みに入る。次に壁を塗るのは私たちの仕事だ。こうして我々の怒涛のstay homeが始まった。

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