「最初から強い人はいない」好きなことで鍛えられたメンタル。
さっそくですが、今のメンタルは「海外でのモデル活動を通じてできあがった」と言っても過言ではありません。
自分の後ろ向きな要素が刺激されたのは、ミラノでのモデル活動が大きく影響しました。
今でもスタイリッシュな生き方には程遠いですが、体験談を交えながら「積極的に生きていく大切さ」を2部に分けてお伝えできたらと。
初渡航の2年前、叔父から放たれた言葉
ヨーロッパへ行くかどうか悩んで、その結果人を巻き込んでしまったときに叔父から言われた言葉は今でもズキッときますね。
初渡航の2年前、実はその時点でヨーロッパ行きのチャンスが訪れました。
当時の私は、「行きたいと100%思っていることはさておき、いろいろな人に意見を聞かないと勇気が出ない」ような性格で。
(就活蹴って、上京したくせに今さら何を・・・。笑)
そして出た答えが、行くと一度決めたのに、やっぱり行かない。
ー情けないですね。
常に応援してくれていた叔父に報告して、返ってきた言葉は「芯が弱い」「ぶれすぎている」。
いつも優しい叔父から言われたので、なかなかショッキングでしたね。
ただ、行かなかった後悔は想像以上に大きく、頭から離れなかったこともあり、2年越しで渡航しました。
1番がんばりたいことなのに、人の意見にゆらいで引き下がるというのは、どう見ても芯が弱い。
ぶれずに自分の意志で決めることが、いかに大切か。思い知らされましたね。
姿は違えど、同じ土壌に立っている
話は飛んで、イタリア・ミラノでモデルエージェンシーへの所属が決まり、本格的に活動開始。
まだ暮らしのアレコレがわからないまま、キャスティングの日々。
そこで目の当たりにしたのが、憧れていた世界。
金髪、透き通った色の瞳、さまざまな肌の色、体のライン。
いつも紙面や動画で見ていた、ファッションモデルの世界が目の前に広がりました。
(そもそも外見で比較するのは文化的にかなり失礼なのは後々知ることになります。)
キャスティング初日〜1週間は「いや、レベル違いすぎ。」と自信喪失。
その自信喪失は、クライアントやモデルエージェンシーのマネージャーからもバレバレだったらしく。
相手にされないことが多かったです。
そんな中、現地の人との交流や日々の出来事で
「今、この国でモデルとして滞在していることにもっともっと自信を持とう」と思える瞬間が何度かあったのかな。
だんだん、姿が違うこと(多種多様)に対しての劣等感が薄くなってきたんですよね。
自分の姿はあまりに不利だと思い込み、勝手にハンデにしていたのは自分だった。
ノーメイクで街を出歩くことにも抵抗がなくなり、キャスティングでも自信を持って振り切れるようになりました。
もっとも、クライアントに相手にされ、仕事につながり始めたのがその頃です。
どんな職業でも言えることで「自分なんて・・・」と思う必要は誰もない。行動した結果、実力で存在している。
自ら動かなければ後退
・念願の仕事を掴んだと思ったらキャンセル。
・滞在の延長を交渉され、すべて変更したのにキャンセル。
・マネージャーのミスで、なぜか自分が怒鳴られる。
・休みだと思ったら急にキャスティングが入って、雨の中走る。
ー良いことがあれば、穴に落ちることが何倍もある。
何が起きても動揺しないとは言えませんが、思い通りにいかないことへの免疫がついてくるのは確かです。笑
その免疫がつくまでは、相変わらず「うまくいくのを待っている自分」がいて。
・今起きたことに対して、ベストな対応は何か?
・結果を出して帰国するためには、何をしていくべきなのか?
・誰に助けて欲しいのか?
ノリで乗り切る!と公言していましたが、案外そうでもない。
うまくいくのを待っている時点で、すべてが止まっているのと同じ。
1つ1つ冷静に見つけて、信じた道へ行動していくことで前進するんですよね。
その一歩が極小幅でも、笑われることじゃない。
いつのまにか、待っている自分がいなくなって。
初めての海外から半年後、渡航先を決めて単身で飛んでいくような人間になっていました。
続:ミラノで出会ったモデル仲間に刺激されたこと
ここからは、実際の現場での出来事から学んだ、前へ出て生きる大切さをまとめます。
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