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写真の中の自分と出会うことについて

人の写真を撮ることが好きだ。

それを仕事にしたいとこの歳にして大真面目に考えている。

友人の写真を撮って、その写真をSNSにあげてもらったとき、そこに写っている友人にコメントが寄せられた。

そのコメントに対して「ありがとう!」と嬉しそうに返信している友人の姿を見て自分自身が感動していた。

本人が選ぶ写真と、周囲の人が「イイネ」をつける写真は違うものだ。

本人が気づかない美しさであったり、潜在的な魅力というものは本人は気が付かないものなのかもね。

そもそも、自分自身を直接見るということはなかなかできないわけで、せめて鏡の前に立って自分を観るくらいだ。

人はそれぞれセルフイメージというものがある。

自分はこんな人でありたいとか、自分ってこういう感じと自分自身が思うこと。

それと他の人が見たその人のイメージって違っていることが多い。

実はそれが潜在的なその人の美しさであったり、その人らしさなのではないか?と思うのです。

そう考えると、人からのコメントやメッセージって、鏡以上に「鏡」なのではないかと思う。

写真に撮られるってことは、今までにない自分に出会う良い機会なのだと思う。

であればこそ、自分自身を他の人に撮ってもらうって大事なんだよなぁと改めて思う。しかも定期的に。

自分自身、自分が写った写真を見るのが昔から苦手だった。カメラの前では笑顔になれないし、緊張して顔がひきつってしまうし。

娘が小さいころ、一緒に写った写真が本当に少ない。

なんともったいないことをしてしまったかと、今になると思う。

これって自分に自信がないからなのではないか?

若い頃って特にそうだったのかもしれない。自信のない自分が写ってしまうのが嫌だったから写真に入らなかったのか・・・そういうことか。

じゃぁ今ならどうなんだろう?

自分に絶対的な自信がある訳ではないし、やはり写るのは苦手だ。

自分自身の風貌にコンプレックスがあるし。そこを跳ねのけているようで、実は出来ていなかったりする。

そんな現実に向き合う勇気がないのだ。

これではいけない。

本気で写真を撮る人になるには、まずは自分自身を客観的に観れるようになる必要があるのではないか?今朝、そんなことを考えていた。

コーチングの世界で「価値」や「ニーズ」ということを考えるようになった。もお何年もそんなことを考え続けているのだけれど、いまだに自分自身良く分かっていない。

これが自分の「価値」だ、と言い切れないでいるし、いま自分にどんな「ニーズ」があるのか?も明確に言えないでいる。

であればこそ、写真に撮れらることで他人の目から見える自分というものを客観的にみつめることで「価値」に気付けるのではないか?と思ったのである。

写真には、そんな力があるのではないか?と今更ながら感づいたのだ。

自分ではこんな姿で写真に写りたくないなぁと思っていても、僕のことを良く分かってくれているカメラマンにとってもらったら、自分で今まで気づいていなかった魅力を発見できるのかもしれない。

でもな、それには自分の努力も必要だろうな。

「こういうあなたを撮りたい、それがあなたらしいから」とリクエストされてそれに向かって自分を整えるって、結構勇気がいるかも。

「絶対坊主頭がにあうから、坊主にすればいいのに」と言われたのに、いまだにできないでいるからね。

でも、その勇気を振り絞って自分を変えてみることで、新たな価値に出会える気もするのだ。

自分を変える勇気。

写真って、そのきっかけを与えてくれるのだと、思う。

「今までにない自分に出会う」

そんなお手伝いができるカメラマンになりたいのである。

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