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悲しきガストロノームの夢想(53)「何故、ウニとイカのパスタにこだわるのか」

 現時点で好きなパスタの順位は、①ウニとイカ、②菜の花と蛍烏賊、③映画『ゴッド・ファーザー』で作られるざっくりトマト、④納豆とイカ…となっています。
 三位のは、『ゴッド・ファーザー』のあるシーンで作られるのですが、完成したものは映像になく、あくまで、私の妄想の中のパスタです。
 ヴィトー・コルレオーネの長男のソニー(ジェームズ・カーン)が抗争激化の中、車で飛び出し蜂の巣にされるシーンの少し前のシーンで、大きな寸胴鍋がくつくつ煮え、マフィアの下っ端がトマト缶を手にしています。私の妄想は、フライパンのオリーブオイルの中で弾けるニンニクの上に安いトマト缶をどっと流し入れ、少しくつくつ煮ただけのトマトソースを、アルデンテより柔らかく茹でたパスタにかけただけのトマト・パスタです。イタリア移民たちの手によるパスタですから、即席かもしれませんが、絶対美味いに違いないと確信しています。日本人が冷飯の上にアラレをほぐし落とし、その上から熱い緑茶をかけるお茶漬けのようにざっくりとした調理ですが、伝統的な勘を働かせたテクニックによる調理の素晴らしさがそこにあるのかもしれません。
 二位の菜の花と蛍烏賊のパスタは、春先になれば必ず食べたくなる一品です。ダウンコートを納戸の奥にしまった春先。スーパーに立ち寄ると菜の花と蛍烏賊が目につきます。苦味と苦味の共演の季節です。味つけの基本はシンプルに塩と胡椒だけ。蛍烏賊に少し醤油を垂らしてからめるのもアリな大人のパスタです。
 そして、一位のウニとイカのパスタです。イカをこよなく愛する私にとっては避けて通れぬ味覚です。学生時代や社会人になりたてのお金の余裕がない頃は、納豆とイカで我慢していましたが、お金の余裕が少し出てくると、私はウニとイカのパスタに目覚めました。覚醒という言葉の方が良いかもしれません。外食では注文しません。注文したウニとイカのパスタの具材の貧相さ、つまり質と量があまりにも耐え難かった経験ばかりだからです。とはいえ、自分で調理するにしても、スーパーで良いウニと良いイカが同時に売られているタイミングもなかなかなく、満足できるウニとイカのパスタは、年に数回あるかないかという希少価値の高いパスタになっています。
 その希少価値が故に、私はウニとイカのパスタに、こだわってしまいます。良い具材を手に入れたとしても、調理が杜撰だと、希少価値の高い具材を殺しかねません。もちろん高い食材ですから、丁寧に扱わねばなりませんし、ウニとイカは生のままでトッピングするので、パスタの選別と塩加減や茹で具合は、かなり慎重になります。
 さらに、パスタがアルデンテで茹で上がったとして、フライパンで熱したオリーブオイルを茹でたパスタに軽く絡めます。オリーブオイルには油煮気味の乾燥にんにくのスライスが踊っています。そのパスタを絡める時の一瞬の手際はとても大切です。
 いま、夢見ているのは、一杯のアオリイカを捌き、プリプリのウニと一緒に食べる、ウニとイカのパスタですが、この春、魚屋さんでアオリイカにはお目にかかれずにいる私です。中嶋雷太

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