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ビーチ・カントリー・マン・ダイアリー(27):「お散歩。あれや、これや」

 昨年10月まで、世田谷区で数十年暮らしていたときは、散歩といえば近くの下北沢までが定番でした。緑道というのが延々と続き、春には桜の花が咲き誇り、次に新緑の季節となり、道端になでしこの花が咲いていたり…。雪が降り積もった緑道もまた楽しみでした。小川を暗渠にして作られた緑道ですから、人工的な真っ直ぐな道ではなく、その畝り具合がとても心地良いものでした。山も海も近くにはなく、びっしりと家々が連なる町でしたが、緑道に沿って吹く風が心地良く、下北沢の町に着けば上下に凸凹した町並み、そしてグネグネと曲がる道が現れ、下北沢独特の世界に身を置くのも楽しみでした。
 そして、いまは、湘南・片瀬海岸から鵠沼海岸までが主な散歩コースになりました。自宅の敷地から通りに出れば、目の前に片瀬東浜の海があり江ノ島がどんと顔を出します。その日の天候により時に濃くなる磯の香りを楽しみながら、浜辺に沿って作られた道をぼんやりしながらゆっくり散歩するのは格別で、日焼けなど気にもしなくなります。
 ニューヨークのマンハッタンでは、ビル群に反響する車の音が楽しみです。そして、地下鉄の排気口からガタンガタンと漏れてくる音。調べてみるとマンハッタンの広さは、私が生まれ育った京都市中とほぼ同じで、さらに碁盤の目で通りが交差しているので、どこか馴染み深く、落ち着いて散歩が楽しめます。季節では真冬のマンハッタンが好きで、交差点に現れる焼き栗屋さんを見ると何故かワクワクしてしまいます。ビル影はとてつもなく寒いのですが、日が暮れて、ダウンコートに身を包み、寒い寒いと呟きながらジャズを聴きに行くのが、なんとも良い感じです。
 かたや、パリは難敵で、エトワール凱旋門のところには放射線状に12の道路が集まっているのを皆さん知っておられると思いますが、碁盤の目ではない街並みを散歩するには、恐る恐るという感じになります。とはいえ、オルセー美術館などの目指す場所へと散歩するのはまるで小さな冒険をするようで面白いものです。冬場になると、サンジェルマン・デ・プレ近くのレストラン街に現れる生牡蠣剥きの屋台の脇を散歩しながら、レストランに入り店頭で剥かれた生牡蠣とともに白ワインを楽しむのは何とも言えぬ幸せです。
 そういえば、バルセロナもまた碁盤の目状でした。夏場のカッと照りつける暑い太陽の下の散歩は大変ですが、煉瓦色した建物が林立する街並みは視覚的に気持ち良いものです。
 数年暮らしたロサンゼルスでは、ウェスト・ハリウッド界隈を少しだけ散歩したものの、この街は自動車の街で、散歩を楽しんだという記憶がありません。サンタモニカやハンティントンビーチなどへ車でサッと行き、そこでだらだらするような感じですね。ただ、当時は日本になかったCOSTCOやIKEAといった巨大店舗は良く歩き楽しんだものです。
 人それぞれ、いま住んでいるところで散歩を楽しまれていると思いますが、散歩をしながら五感でその場所を理解しようとする自分を発見する楽しみがあります。
 今日もまた、私は湘南・片瀬海岸を散歩しながら、数十軒も立ち並ぶビーチハウスから漏れ聴こえてくるBGMや海水浴客の笑い声を楽しんでいます。それが何の為になるのかなんて、これっぽっちも考えたことがありません。ただただ、その場所に住んでいることを楽しんでいるだけですが、日常生活の豊かさにつながるものと考えています。中嶋雷太

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