本に愛される人になりたい(73) 村上春樹「村上T」
村上春樹さんは私の好きな作家の一人で、「風の歌を聴け」(1979年)からほぼすべての作品を読んでいると思いますし、私の書く小説でも、微妙に歪んだ世界観を描くとき、多少の影響を受けているはずです。
小説だけでなく、彼のエッセイ集の「切り込み方」も好きで、この「村上T」を初めて読んだときは、「そうなんだよね!」とか「そうそう、それそれ!」とこれまで言葉にできなかった感覚を掬いとってもらったようで、長年耳掃除をしていなかった耳をすっかり綺麗に掃除できたような気持ちよさがあり、思わずニタリと笑みをこぼしてしまいました。
さて、三月もお彼岸近くになり、最高気温が20度を超えそうになる日がぼちぼちやって来ると、去年の晩秋から眠らせていたわがTシャツのことを考え始めます。そして、さらにいけないことに、街を歩いていてお気に入りのショップがあるとついつい覗いたり、スマホの画面にあるショップのアプリを立ち上げて眺めたりしてしまいます。
本書の冒頭で、村上春樹さんは次のように語ります。
「ものを集めるということにそれほど興味があるわけではないのだけれど、いろんなものがついつい『集まってしまう』というのが、僕の人生のひとつのモチーフであるみたいだ。」
そうなんですよね。私の人生の場合も、それが人生のひとつのモチーフになっているようです。
特に、なんでもなく、気負うこともなく集まってくるのがTシャツという衣服の属性だと思うのですが、そうして集まってきて、私のワードローブの一画に眠る軽く百枚を超えるTシャツとの心の距離感を言葉にして表すことがとても難しかったのですが、本書を読み終えたいまは、とてもスッキリしています。
アニエスベーが商標権を持っている「The Beatles」のTシャツから、ロサンゼルスのベニスビーチのお土産もの屋さんで買った三枚十ドルのものまで、思いは様々で、私の個人史を語るためにTシャツは存在しているのではないかとも思ってしまいます。
日常生活の隅っこに存在するなんでもないTシャツという名の日常品から、一つの小さな人生の心のひだが語られるというのは、面白いものですよね。中嶋雷太
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