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D-Genes 8 【連載小説】

 最悪だ。俺は思った。

 この状態を最悪と言わずしてなんというのだろう。

 相手の動きの早さを侮っていたわけではない。その都度、最善手を取ってきたつもりだ。

 だが、いかに最善を尽くそうと、負ける時は負ける。

 別に負けても終わりじゃない、次頑張れば良い。そんな考え方もあるし、基本的には賛成だ。

 だが、次の勝負なんてなくて、それどころか人生が終わる場合はその限りではない。

 今、俺は警察の勾留所にいる。そして、負けの決まったゲームは始まってしまった。

 狭い事務所には冷房の音とキーボードの音、マウスのクリック音。大量の本や大きなコンピュータデバイスがいくつもあるのに、この部屋は雑然としておらず、整頓された印象を与える。

 部屋の主の性格が反映された部屋とも言えるが、そもそもこの部屋の主の一人は自分の性格などに興味は無さそうだ。

 部屋の主、軽井康介はモニタを注視してキーを打つ事に無心している。面長の整った顔立ちをしかめ、長い指の打鍵は荒々しい。

 軽井はもう一人のこの部屋の主からは『カル』と呼ばれているエンジニアだ。彼の主な仕事は生物学と情報学両方の領域の技術を担当することだった。この部屋の主たち、二人だけの会社のエンジニア。

 とはいえ、現在は彼一人で作業をしている。軽井は椅子の背もたれに深く持たれつつ、独りごちた。

「あいつ、遅いな」

 
 

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