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「修理する権利」とは?

2023年1月22日加筆

1. 今、道具をつくること


道具の歴史

石器デザインの変遷: オルドワン ⇨ アシューリアン ⇨ ムステリアン
(チューリッヒ大学 人類学博物館)

ヒトは他の動物と比べて、取り立てて取り柄のない身体能力しか持ち合わせていません。しかし、凡庸なヒトという動物がここまで異常繁殖できたのは、道具をつくり身体能力を拡張して、他の動物たちを凌ぐことができたからです。ヒトは道具なしにこの惑星で長く生きながらえることはできない生物です。しかし、このまま行くと道具をつくり過ぎて滅ぶとも限りません。サピエンスと自らを名付けた知恵があるなら、それを回避する行動を起こすときが来ています。


Homo Neanderthalensis La Ferrassie, France ( Zurich Uni. Anthropological Museum)
手に石器を持つネアンデルタール人 (チューリッヒ大学 人類学博物館)

*道具のデザインは、人類が260万年前に石器をつくったときから始まりました。エチオピアで発見された最古のオルドワン石器はヒト族と競争関係にあったガルヒ猿人の道具と考えられています。つまり現生人類以前の人類はすでに道具を手にしていました。道具のデザイン行為は彼らから始まり、受け継がれて、260万年後に起こった産業革命が発達する過程で、デザインだけをするデザイナーは生まれました。なぜか?工場が休みなく稼働するためには、前の製品よりも魅力的な商品を売り出し、既に利用者が持っている道具を手放してもらわなくては困るからです。修理して長く使われたら新商品は売れず工場の稼働率は下がります。経営者はそれを避けなければなりません。画期的なヒット商品をデザインするということは、他方で、まだ使える道具を利用者に手放させる役割を果たしています。
(*道具-ここではわたしたちがつくるあらゆるもの、皮膚を守り寒暖を調節する衣類も、住み暮らすための建築も、人の情動や思索に働きかける芸術も、全て道具と呼ぶことにします。)

そうやって考えると「流行」が果たす役割も見え方が変わります。メディアが伝える流行は、時代遅れを"演出"してまだ使える道具を「捨てさせるための装置」なのかもしれません。流行の実態は、はたしてわたしたちの主体的な判断なのでしょうか?新聞も雑誌も有料ですが、彼らの主たる収益はわたしたちの購読料ではなくて、紙面にあふれる広告収入です。彼らの紙・誌面が読者よりスポンサーに配慮しているのは自明です。テレビもYouTubeもFacebookも無料で利用できるのはスポンサーからの広告収入で成り立っているからです。スポンサーはそこで自社の商品を宣伝して販売を促進します。新商品をどんどん買ってもらい、今持っている道具を捨ててもらうために。


« END STATION MEER – das Plastikmüll project » 2012 Museum für Gestaltung Zürich
« END STATION SEA - プラスチック廃棄物プロジェクト » 2012 チューリッヒ デザイン美術館

「大量生産・大量消費」では完結しない今の仕組み


長い間「大量生産・大量消費」はセットで語られて来ましたが、あまり語られない最後のステップ「大量廃棄」が無くてはこの仕組は成り立ちません。大量生産に関わるデザイナーは、この仕組みをより加速させるための役割を担っています。デザイナーは「人々の物欲の水先案内人」です。その行き先を欲望のままに任せると、人類の終焉へたどり着くのかもしれません。
「修理するよりこの新製品を買った方がお得ですよ」の常套句で、修理の相談に訪れた客に世界中の先進国の店員さんは囁きます。そのお得感を納得させるに足る新商品をデザインすることがデザイナーの仕事です。結果として、次から次へと買い替えて、古い道具をわたしたちは窓から投げ捨てて 、気がつけば快適なモダンリビングの窓の外は、打ち捨てられたゴミの山が山脈へと連なっていく姿が見える気がします。飽くことない生産活動で変調を来した気候のために、度々巨大台風や森林火災、はたまた洪水や日照りが襲う今があるのかも知れません。
工業デザインは、地獄への道を舗装していないでしょうか?

大量生産が始まる前、社会は道具を持てる一握りの人々と、道具を持てない大多数の人々に分断されていました。大量生産はその断絶を革命的に打ち破り、道具の民主化を実現しました。貧困から脱して物質的豊かさを多くの人々が享受することを可能にしました。それは画期的で素晴らしいことでした。紆余曲折はあったにせよ、道具だけでなく中産階級が生まれて社会の民主化にも貢献したと言えるでしょう。

しかし、わたしたちはやがて持てることに慣れ、更に貪欲になりました。そして際限なく増産することで、いずれ破綻が来ることは誰にも予想ができました。国際的な研究・提言機関ローマ・クラブが「成長の限界」を発表したのは50年以上前の1972年です。いずれ資源を使い尽くして、この一方通行で行き止まりの仕組みは終わりが来ると予想していましたが、どうやらその前に気候が壊れ始めたようです。
サスティナブル Sustainable: 持続可能な
どうすればそれが可能かを考えれば、答えは「循環」にしかありません。永続的な自然界の営みのすべてがそうであるように、「循環」させなければ持続性は実現できません。


道具の循環とは、例えばこんなイメージでしょうか?

 どうすれば、循環が可能なのか?それを考えるのもデザインですね。

 


2. 「修理する権利」の推移


2020年からフランスで義務付けられたリペアラビリティインデックス/修理可能性指数

"サピエンス"...

Posted by Masato Yamamoto on Saturday, December 31, 2022

2012年 アメリカのマサチューセッツ州
自動車所有者の修理する権利法」が制定される。

 2013年7月
The Repair Association が Digital Right to Repair Coalitionとして発足。

 2017年 欧州議会
欧州委員会による「修理する権利」法規制を求める非拘束的決議。

2020年11月25日 欧州議会
「修理する権利」がフランスの緑の党からの提案によって採択。

2021年1月1日 フランス
リペアラビリティ・インデックス表示の義務化が始まる。

2021年7月21日 アメリカ
米連邦取引委員会 (FTC) が違法な「修理する権利」の制限に対する法的処置を強化することを全会一致で可決。

2022年12月29日 アメリカ
ニューヨーク州歴史的な修理する権利法案を可決


アメリカでもヨーロッパでも「修理する権利」は市民運動から始まり、そして製造メーカーからの抵抗に遭いながらも、行政を突き動かしてどんどん先へ動き出しています。メーカーと行政に任せきりにしていたら、この動きは今も始まっていないでしょう。
翻って日本では、分解や改造禁止のシールが貼られたり、取扱い説明書で禁止して、これを無視して分解を行うと、メーカー保証が受けられなくなるのが今も昔と変わらず一般的です。お金を出して買ったのにそれを自分で修理する自由は奪われています。あなたは本当にその道具の「所有者」でしょうか?気が付かなくてはいけないのは、故障してすぐに買い替えるような乱暴な仕組みがあるのは、世界でも一握りの先進国だけです。そしてその先進国の多くのユーザーはその仕組の異常さに気が付いて、修理を仕組みに組み入れることを求めて動き出しているということです。


こういう、モノとヒト、道具と人間のあり方・関係を、再構築するのもデザインではないですか?

  


3. 国際機関の環境と開発に関するこれまでの動き


●   1972年 国際連合人間環境会議 (ストックホルム会議)
   人 間 環 境 宣 言

●   1972年 ローマクラブ「成長の限界」

●   1982年 国連環境計画管理理事会特別会合 (ナイロビ会議)

●   1992年 環境と開発に関する国際連合会議 (地球サミット・リオ・デ・ジャネイロ)

伝説のスピーチ: セヴァーン・スズキ カナダから自主参加した12才
「直し方を知らないなら、壊すのはもうやめてください」

●   1997年 COP3 京都議定書採択 (COP: 気候変動枠組条約締約国会議)

●   2000年 国連ミレニアム・サミット (ニューヨーク) MDGs Millennium Development Goals

●   2002年 持続可能な開発に関する世界首脳会議(環境開発サミット、ヨハネスブルグ・サミット)

●   2012年 国連持続可能な開発会議 (リオ+20)
持続可能な消費と生産に関する10年計画枠組み(10YFP)

伝説のスピーチ: ホセ・ムヒカ 第40代ウルグアイ大統領
「貧乏な人とは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」

●   2015年 国連持続可能な開発サミット 持続可能な開発目標 SDGs Sustainable Development Goals
SDGs17の目標  > 12.つくる責任、つかう責任

 ●   2019年 国連気候行動サミット (ニューヨーク)

伝説のスピーチ: グレタ・トゥーンベリ スウェーデンの16歳



4. 道具をつくったあとのこと


自然の循環を断ち切られた人工物


260万年前に原人として石器を使い始めて、最古の「土器」は多分1万7・8千年前につくられたと考えれられています。その低火度で焼かれた素朴な土器は原型をとどめて今も破片が出土します。石器以来人類は実に様々な道具をつくり使ってきました。その道具類は例外なく手入れをして、繕って、時には部材を交換して、その道具が本当に使い物にならなくなって、寿命が尽きるまで使い切ってきました。ずっとずっと、少なくとも数万年の単位でそうやってヒトは道具を大切に使ってきました、ほんのつい最近までは。

道具とヒトの長い歴史を考えれば、修理の問題を機械製品にとどめていいはずがありません。土器が自然の循環を断ち切られた「ゴミ」の元祖として出土するのですから、米欧で始まった「修理する権利」はこれからあらゆる製品、土器の数百倍も堅牢な人工物、現代の道具類に責任を持つという考えに広がらなくてはいけません。


「消費」は「消」えません


経済とは「生産と消費」の行為で、経済の発展とともに大量の生産物は、利用者が買って使用したあと、やしてもえない消費の成れの果ての道具類は、人間がリサイクルや部材摘出・再利用しない限り、これから数百・数千万年以上ゴミとして地中に残るでしょう。仮に頑張って10年使ってから廃棄しても、それからあと百万年はゴミとして残るのです。これから二万年後にわたしたちの遺跡から出土する異物を想像してみてください。しかし、経済に「廃棄」は必然かと問えば違うと考えます。少なくとも大量廃棄をせずに成り立つ経済はあるはずです。

 

「修理する権利」は「使い切る責任」と裏表一体


使い捨ててゴミを出す代わりに、買った道具はそれを選んで使い始めた者の責任として、大切に手入れをして、壊れたら (できるなら自分で) 修理をして、その道具の寿命が尽きるまで使い切ってあげる責任が本来わたしたちにはあると思うのです。近頃はいくつもの再びという意味の「Re」が付く英語、リサイクル・リユース・リデュース等々を耳にしますが 、一番最初にしなければいけないのはリペア、つまり修理でしょう。それは選んで買った者の責任です。他の「Re」とは意味が違います。

 


5. 道具を買うということ


流れていかない魅力


流行の商品を買って、それを自慢できますか?誰でもお金を出せば買える道具を、どうして自慢できるのでしょう?ファッションがそれを薦めるからですか?二十年使い込んだカバンは自慢できませんか?それはお金では手に入りません。二十年という歳月を道具と共に過ごして、使い続けなければ手に入りません。そこにできたキズは道具と自分の歴史の証ですから、少しみすぼらしくても恥じるよりは、誇れる勲章という風には見えてきませんか?
そういう道具こそ自慢ができる文化を育てませんか?

ヒトは常に刺激を求め、その刺激を手に入れると歓喜し、親しみ、やがてそれに慣れ、そして飽きて見向きもしなくなる心の動きを持っています。その性向を巧みに利用したのがファッションでしょう。しかし、もう一方で慣れたあと、理解して、仲良くなって、慈しむ使い方もあります。それは心に安心と安定をもたらしてくれます。自分で修理すると、その道具との距離が近づきます。うまくすれば愛着が芽生えて、それは愛用品になります。その魅力はファッションのように流れて行きません。

 もちろん、雑誌でもテレビでもそういう価値観を取り上げることはものすごく少ないでしょう。なぜなら、新商品が売れなくなりますから。スポンサーの目的の根幹に逆らう行為が許されることはないでしょう。でも、わたしたちはスポンサーの都合に踊らされる必要はありません。道具の価値観や何をカッコいいか、オシャレとするかを切り開くのもデザイナーの仕事ですね。

 

「買い物」は有料の投票券、でしょ?


今の経済が生産と消費と廃棄である以上、その経済を発展させるためには消費サイクルを加速することが求められてきましたが、このスピードでは地球は破綻しそうです。本来、道具の生産者はわたしたちが自らつくることのできない必需品を届けてくれる重要な役割を担ってくれています。感謝することはあっても、批判する相手などでないはずです。残念ながら利潤追求のための過剰な生産が、害悪な"消費"を促進しています。しかし製造メーカーは何をつくるかにそれほど強い執着はないという見方もできます。最大にしてほとんど唯一の関心事は「売れること」です。

その「最大の関心事」は、わたしたちの自由な選択に委ねられています。わたしたちが長持ちして修理がし易い道具をこぞって買えば、メーカーはそういう道具をつくります。すぐ壊れる道具が売れなければつくりません。メーカーは売れるモノだけを常につくり続けます。
わたしたちは毎日様々な商品、道具、つまりたくさんの「候補者」の中からその時々にただ一つを選んで、お金を払って支持表明の「投票」をしています。熟慮して、自分と社会のために良い道具に「投票」すればこの社会は変わります。買い物はほとんど無意識にしている日常的な社会運動でもあります。


消費者から*所有者となって、生産者と共に未来をつくる


わたしは経済学者ではないから、今の仕組みをどう変えるのか、あるいはまったく新しい仕組みが必要なのかは分かりません。当然ですが製造メーカーを倒産に追い込むことは目的ではありません。生産者がいなくなればわたしたちは必要な道具を失います。生活が成り立たなくなります。
しかしゴミを極力出さず、道具を修理しながら長く使い続けることで、今より遥かにヒトと道具の豊かな関係をつくれることは知っています。それは産業革命、いえ、その多くは第二次大戦前まで千年を超えて受け継がれてきた、世界中にある手仕事や民芸の道具たちが教えてくれています。
わたしたちが使うモノは電気以外消えないのに「消費」という言葉で本当をごまかしている気もします。事実と違う「消費者」を止めて「所有者」になりませんか?

(*所有者 - 衣類製造会社パタゴニアの元CEOローズ・マカーリオが提唱している、消費者から所有者へ。「修理は急進的な行為」は是非お読みください。)



6.これから道具をつくること


わたしたちのつくる道具は必ず、絶対に、例外なく、壊れます。であるなら、デザインする時には、壊れたらどうやって修理するかまでを計画に組み込むべきです。そして、それを捨てる時には安全に再生可能な部品を取り出てから、どう正しく廃棄するかまでを含めて製品にする責任が生産者にはあります。デザイナーはそれを提案して製造責任者に納得してもらわなくてはいけません。そのためには製造コストは少し上がります。工場の稼働率は下がります。利益率も下がるかもしれません。その提案を企画会議で通すのは容易ではありません。消費者ではなく「所有者」になる構えの人々の多くの「投票」が必要です。難易度は高いですが、自分で自分の首を締めている状況を理解すれば、それがこれからの未来に求められるデザインであることは疑いようがありません。

理想はあらゆる道具が循環の輪の内側にあることですが、それが叶わないのであれば、
● その道具が十分に有用で
● 製造に過重な環境負荷がかからず
● 素材が再生可能であるとか
● 素晴らしく堅牢で滅多には壊れないとか
● 壊れたら簡単に修理が可能であるとか…
環境に対する負荷をあらゆる角度から検証して、これから道具をつくるわたしたちは新たな規範を持たなくてはいけないはずです。辺り構わず作り散らかしてはいけないということです。


"先進"とは何を意味しているんでしょうね?


なぜ、生産と消費と廃棄を加速させてきたのか?そうすると利潤が増大するからですね。工業力をつけた国々はそうやって利潤を増大させ、住民の生活を豊かに便利にしています。先進国となって世界をリードして国際社会で大きな発言力を持っています。先進国は例外なく工業力を持った国々で、その営みが今日の気候危機を招いていることは、ほとんど疑いようがないようです。責任は先進国にあります。わたしたちは「犯人」ですよね?たぶん。こうやって考えると"先進"とは何を意味しているんでしょうね?

SGDsに17ある目標の12番目、「つくる責任、つかう責任」には8つのターゲットがあって、その一番最初の12-1は以下の通りです。

"先進国がリーダーとなり…" 開発を指導して使い捨てを奨励するくらいならリーダーは止めた方がいい。途上国そして開発途上国の多くは道具を使い切る暮らしを昔から変わらず続けています。途上国が開発・発展の故にそれを忘れて修理を怠る暮らしを始めれば、それは大間違いの"発展"です。「持続可能な消費と生産の10年計画」は開発途上国と共に、先進国が自らを省みて道具を使い切る暮らしを途上国から学び、新たな一歩を踏み出す10年にしなければいけないはずです。

ホセ・ムヒカ大統領は以下のようにも言っています。
「発展は人類に幸福をもたらすものでなくてはなりません。」

 先進とは、やりすぎてしまった時その問題点へ立ち返って、どうすれば健全な発展へ自らを導けるか、その社会自体の「修理の仕方」を身につけていることかも知れませんね。


これからデザインするわたしたちは、本当に人類の幸福のための道具をデザインをしなくてはいけないと考えます。そのために何が必要なのかここで考えを進めてみます。


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