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メガネのプリンセス

眼鏡を新調してから半年が過ぎた。
店の前を何度か通ることがあっても私はなかなか気軽に入れない。3ヶ月毎の定期点検のカードをもらっていたけれども、今まで眼鏡の点検なんて行ったことがないので見て見ぬふりをしていた。
いや正しくは行こうかなと前を通っても、人が多く忙しそうだとか、担当してくれた店員さんの姿がないと やっぱりやめようだとか、理由をつくっては通りすぎてしまっていた。こんなところにも人見知りは顔を出す。

それほど混んでいるようには見えなかった平日の昼間。
ちょっと寄ってみようかな。
立ち止まり、この眼鏡を作ってくれた爽やかで溌剌としたお姉さんをちらりと探した。見つけられずに、やはりやめようか、と挙動不審になっているところをすかさず声をかけてきた同世代と思われる男性店員さんにつかまった。仕方なくカードを差し出す。

テーブル席へ案内され眼鏡を外してしまうと、私の視界はぼやけ、ほとんど何も見えなくなった。
近くで眼鏡を洗い調整を始める男性店員さん。

別の若いイケメン店員さんが飲み物を勧めてくれる。
ここのピーチティーは美味しいと前回立証済みなので、同じものをもらい「あー美味し」と思いながらぼんやり作業を眺める。このぼんやりは気持ちだけではなくもちろん視野も含まれている。

途中から隣で作業を始めたもう一人の女性店員さん。
ん?似ているけれど、何せ顔がぼやけて判別不能。

だが、その女性店員さんは、私の眼鏡をチラリと見たあと二度見した。
まさに大きく首を曲げ覗き込んだのだ。
そして辺りをキョロキョロ見回し私のほうを見た、ように感じた。
ふたり目が合う。見えていないので正しくは目が合ってると感じている。それは確かだった。彼女が私に話しかけてきたから。
「あーこんにちはー、お元気でしたか。メガネで気づきましたー」

そんなことってあるのか。
そう、そんな仕草には見えたけれど、あるんだ。へえ。
半年前に売ったメガネで私の顔を見つけるとはなんということか、さすが眼鏡のプロである。

顔ははっきりとは見えていないけれども、担当店員さんだと確信し、私も覚えてますよの意味を込め名前で呼ぶ。
「Hさん、来たとき探したんですけど見つけられなくてお休みかと思っちゃいました」
「いやいやちゃんといますよ、時々顔出してくださいよ、お手入れしたほうが長持ちしますから」
私の眼鏡を黙って手入れしてくれている男性店員さんを横目に会話は弾む。
彼もほんのり口角が上がっているように見えた。ぼんやりとした視界のなかでだが。

私を眼鏡で判別した彼女は、前回眼鏡を作ってくれた時の印象が良くて、きちんと名前を覚えた店員さん。アラサーだろうか。笑顔、言葉の発声、立ち振舞い、本当に爽やかで溌剌なお姉さんだ。
私の中でメガネのプリンセスと勝手に名付けていた。

彼女と眼鏡の使い心地などについて幾つか会話をしている間に私の眼鏡は戻ってきた。待ち時間もちょっとした楽しい時間になった。

男性店員さんとプリンセスお姉さんに挨拶をして店を出る。
本当に終始爽やかで溌剌。

時間にするとほんの少しの会話なのに、内容だって極々普通のやりとりなのに、店を出たあとも気持ちが良く、私の心がふんわり軽い。

眼鏡で判別するプロ意識も、心の扉を開く接遇もピカイチ。
まさにメガネ屋のプリンセスお姉さん。あの接遇は盗む価値あり。個人的に表彰したいくらいの店員さんである。

いつも彼女が店頭に見つけられたらもう少し敷居が低いのになと思う。
いや見つけられなくても誰かに眼鏡を渡し、また眼鏡で見つけてもらおう。



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