双極性障害のアラサー居酒屋店員、初めての心療内科。
初診に行った時の話。
普段は居酒屋の調理場で社員として働いている。黙々と仕込みをして、調理して、忙しい時は、連なる揚げ物のオーダーをどう捌くか考えるのがゲームみたいですごく楽しい。
土曜日とかになると、ハムカツとりから天ぷら天ぷらポテサラとりからめちゃくちゃ作るのが面倒くさいスープ天ぷらとりから
みたいな地獄の伝票が連なる。
みんな鳥の唐揚げだいすき。
そんな私が心療内科に行くきっかけになったのは、職場でのこと。
四六時中、涙が止まらない。泣きながら天ぷらを揚げて、泣きながらホールに受け渡す。
店を閉めたら泣きながら洗い物をして、泣きながら帰る。
さすがに店長やバイトの子に心配された。
当のわたしは、こういうことは定期的に起こるから、みんなも家でこうなんだろうな。外で出ないのすごいな。と本気で思っていた。
その後、躁転していろいろあって(今度また躁状態のエピソードまとめます。)
お金がなくなり、とにかく家にあるお金になる物を売ろうとしていたところを母に見つかった。
怒られるかと思ったら心配された。
会社の人にも心配されたと言ったら、『心療内科行かない?多分、双極性障害じゃない?』
と。
自分でもさすがにやばいと思い、母と一緒に優しそうな先生の心療内科へ行った。
初診の予約電話、すごく怖くて3日もかかってしまったけれど、電話口の女性はとても穏やかで安心した。
当日はひどい鬱の中行ったので、ずっと泣きっぱなし。それでも先生は動じず、淡々と、でも優しく話を聞いてくれた。
『お母さん、今まで本当によく頑張りましたね。』『お嬢さんのせいでも、お母さんのせいでもなく、これは脳の病気。』
母が涙ぐむ姿を横目で感じた時、ちゃんと自分の病気と向き合おうと思った。
その日は大分寒かったけれど、待合室も診察室も窓が開いていた。
心療内科、もっと怖いと思っていたら何ともなかった。なんなら、みんなもっと気軽に行ってもいいんじゃないかとすら。
その日は、双極性障害の診断を受けて、アリピプラゾールという薬をごく微量もらって
また2週間後に…となった。
そして2週間後の診察から、本格的な治療が始まる。その話はまた今度。
ひとつ前が初投稿なのですが、見てくれる人がいてびっくりしました。いいねやコメントまで、とても嬉しいです、ありがとうございます꒰ঌ( ˊ˘ˋ)໒꒱
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