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日記『終劇を可視化する』

30歳の誕生日の日に死のう。
この考えを始めたのがいつからだったかもう覚えていないが、随分と昔から漠然とそう考えながら過ごしている。カウントダウンのアプリが、その日が訪れるのが後どのくらいなのか毎日教えてくれる。

大体残りは2000日くらい。あと2000日で何ができるのだろう。
映画、美術館、漫画、小説、食べ物、景色、友人…素敵だと思うものに触れる。感性を磨くなんて言うと高尚なものに聞こえるかもしれないが、つまり自分の「好き」を体験してそれの言語化を繰り返すこと、それが私のやりたいことだと思う。

平均寿命が80歳を優に超える社会である今、自分の人生がまるで永遠であるかのように思えてくる。そして日々の日常が希薄化する。
だからこそ自分の人生の終劇を設定して、日々の充実を図る。それがこの「死の計画」の目的なのだと思う。

いざ自分が30歳の誕生日を迎えたら。まだ死にたくないと思えることがあったなら。「30歳」という期限を35歳、40歳、と延ばしていく。それで良いのだと思う。

太宰の『葉』冒頭部分のように、それが1反の着物でも、例えば1冊の小説でも、1枚の写真でも、それで良いのだと思う。太宰にとっての「着物」が現れるように日々を過ごしていく。

死のうと思っていた。ことしの正月、よそから着物を一反もらった。お年玉としてである。着物の布地は麻であった。鼠色のこまかい縞目が織りこめられていた。これは夏に着る着物であろう。夏まで生きていようと思った。

太宰治『葉』

2023/07/23