会社を潰した二代目社長の話

私は近畿地方の地方都市で製造業を営んでいました。
と言っても、5年前に父の他界をキッカケに社長となった、まだまだ修行の身です。
お陰様で父の築き上げた人脈もあり、国内屈指の自動車メーカーや重工企業から多くの受注を頂き、周りの町工場に比べると安定していました。
このまま、なんの変化もなく死ぬまで続いていくのだろう、そう思っていた矢先に呆気なく会社は倒産してしまいました。
これは、そんな会社を潰した二代目社長のお話です。

2011年3月、社長である父は東北地方に出張中でした。
岩手県内に本社を置く、大手メーカーへの新規開拓を目的に訪れていました。
「あの、どうかうちの製品を使っていただけませんかね」
「いや、そんなこと言われても、うちも厳しいですからね」
「そこを、なんとか。めちゃくちゃ安くしますさかい」
「そんなこと言われてもね。輸送コストの問題もありますからね」
「そこは、うちが負担します。大口の契約を頂けるなら、トラックをチャーターしてでも、御社に迷惑にならんようにしますさかい」

そんな時に、襲ったのが東日本大震災でした。
東日本大震災の発生を知った私は慌てて父へ連絡をしました。
しかし、電話回線が混み合っており、繋がる様子もありませんでした。
父の訪問先は内陸側だったので、正直大丈夫だろうと思って連絡を待つことにしました。
しかし、1週間が経過しても何も連絡がなく、私は、岩手に向かいました。

岩手県に着いた私が見た光景は本当にここが日本なのかというほど壊滅的な状況でした。
父が訪問していた企業の付近までくると流石にもう少しマシだろうと考えていたのです、私の想像を遥かに超える被害状況が目に入ってきました。
その時、一瞬「諦め」という文字が浮かび上がったほどです。

父の訪問していた会社の目の前にたどり着いた時、まさに自衛隊の救助班が救出活動中でした。
と言っても、全壊状態だったので期待できる状況ではありません。
私も何かできることはないかと探しましたが、素人に出来ることは何もありませんでした。
2時間が経過しようとした時、3名の遺体が発見されました。

すぐに駆け寄って確認してみると、その3名の中に私の父も含まれていました。
崩れ落ちそうになりましたが、何とか耐え、遺体を引き取り近畿に戻ることにしました。

葬儀などを終え、ひと段落したところで会社のことを思い出しました。
決して、完全に忘れていたわけではないのですが、手続きが大変すぎて会社のことを考える余裕がありませんでした。

会社に出社してみると、現場のナンバー2が現場を仕切っており、事務員さんがお客様の対応をしてくれていました。
私は現場の責任者をしていたので、とりあえずナンバー2に現場の責任者になってもらい、私は社長になりました。
と言っても、突然過ぎて社長になった実感はまだありません。
本当に自分に社長が務まるのか不安もありましたが、小さな会社ですので私が社長をするしかありません。
そして、この会社は経営・営業は全て社長の仕事です。
つまり、これからは私がお客様先に行って営業をしなければならないのです。

まずは、既存の取引先に父が亡くなったこと、私が社長になった事を報告と挨拶に出向きました。
営業未経験の私にはどのようにしたら良いのか分からない部分も多く、辿々しい感じになってしましたが、お客様は全員優しく対応してくれました。
また、幸いな事に9割はこれまで通り取引を継続してくれるとのことで、当面の心配はなくなりました。
1割については、先方の経営悪化により、取引を中断したいと言われましたが想定済みなので問題はありません。
というより、発注量が少ない相手だったのでコスト面を考えると、その方が私にとっても嬉しい限りです。

次に財務の状況を把握するため事務員さんに資料を用意してもらいました。
読んでみると、私が想像している以上に貯蓄があり、なぜ父は新規の営業を頑張っていたのだろうと思うぐらいです。
正直、ここまであるとは思っていなかったのでかなりの驚きです。
母に確認しても、ここまである事は知らず、本当に父は優れた経営者だったのだと改めて実感しました。

しかし、それと同時に私のやる気は無くなってしまいました。
新規営業も頑張っていこうと思っていたのですが、この貯蓄を見ると新規営業の必要は全くありません。
たとえ、売上がゼロになっても今の従業員を数年間は雇える状況です。

私は完全に仕事を放棄して何もしなくなりました。
営業をしなくても継続的に発注はくるし、新しい事を始めなくても十分に利益は出せます。
何より、貯蓄があるのですからどんな状況になっても余裕です。

気がついたときには社長になってから1年が経過していました。
毎日が趣味のゴルフで本当に楽しい日々でした。
流石に遊び過ぎて個人的な貯蓄はかなり減ってしまいましたが、役員報酬を上げれば良いだけなので問題ありません。
何だったら、ゴルフ代は全部接待費で落としても良いのではと思いましたが、流石にやめときました。

ついに決算の時がやってきました。
私が社長になってから初めての出る成績表です。
売上は予想以上に落ちていました。
それに伴い利益も予想を遥かに超えるペースで落ちていました。
理由は発注量の減少です。
完全に無くなってはいないもの、多くの取引先でこれまでの発注量から大幅に下がっていました。
景気の悪化もあると思いますが、やはり営業活動をしていなかったのが原因かもしれません。
ここまで下がるとは思っていなかったので流石の私も焦りました。

なんとか、受注量を増やすため取引先へ出向きました。
しかし、どこも景気の悪化を理由になかなか良い返事はもらえません。
それどころか、取引を停止したいという企業も数社ありました。
これでは、本当に会社が潰れてしまいます。
いくら貯蓄があると言っても、赤字が続けば流石に無理です。
1年目はとりあえず、400万円の赤字で着地しましたが、2年目はさらに増える事が素人の私でもわかりました。

私はとりあえず出来る事としてコストの削減を図りました。
まずは、土地の売却です。
使っていない工場があったので、そこの土地を売却し、資金を獲得すると同時に維持コストの削減に成功しました。
また、社員に対しても早期退職者を募りました。

しかし、集まったのは1人だけでした。
40人の会社で5人も集めようと思ったのが、そもそもの間違いなのですが今の仕事量では人が余っているので辞めてもらうしかありません。
退職金の金額を増やして再度募集しましたが一人も集まりませんでした。

それもそのはずです。
退職金と言っても大手企業の10分の1程度で、上乗せがあると言ってもたかが知れています。
50歳を越す社員がほとんどで、他に働くあてがない状況なのに辞めるバカはいません。

そこで、新しい就職先と退職金をセットにして募集を募りました。
新しい就職先はゴルフ仲間の同業者に同等程度の給与条件でお願いしました。
幸いな事に人手不足だったようで、何人でも送り込んでくれて良いという事だったので本当に助かりました。
そんなこともあって、目標だった5人を早期退職させる事ができました。
もちろん、最初の1人も上乗せの退職金と新しい就職先の提供は行いました。