第1話 真夜中の少女

これは李さんかその兄弟姉妹、いとこの孫かひ孫かが小学生のときの出来事。その子が当時住んでいた場所の近くにあるビルから「夜な夜な子供の泣き声がする」という噂があった。好奇心に駆られたその子はある日何人かの友達を誘い、そのビルへと向かった。誘いに乗ったのは2人、合計3人が真夜中の肝試しに参加した。
そのビルがあるのは、ある中規模都市のオフィス街の中。昼間はただビルが並んでいるだけのその道も、人気のない真夜中は暗くて恐ろしい雰囲気を放っていた。両側に立つビルが星明りを遮り、道の暗がりを色濃くしていた。
3人は目的地のビルに到着した。20世紀半ばのことなので当時あったそのビルは5階建て程度の高さで、セキュリティーも緩かったとのこと。施錠された格子状の門以外に外部からの侵入を防ぐものもなかった。ビルを囲む塀も高くはなく、中学生なら侵入できそうな程度だった。それでも3人にとってはビルへの侵入が困難だったため、彼らは「どうしようか?」と相談し、手をこまねいていた。彼らは格子の間から敷地内を覗き込みながら、泣き声がするのを今か今かと待ちわびていた。
真夜中、何の音も気配もしない。予想通りではあったが、3人は少しがっかりしたそう。それでも親の目を盗んで外出したこと、翌日の学校のこともあるので彼らは帰路に就こうとした。その矢先、
「何してるの?」
ある種、泣き声よりも恐ろしかったその声、彼らは声のする方を振り返ると、そこには女の子が立っていた。その女子は小学校高学年くらいの年頃、きれいなドレスを身に着け、少なくとも彼らのクラスメートの中にはいないようなかわいらしい子だった。夜の闇に白地の服を着た彼女が仄かな光に縁どられていたのが印象的だった。真夜中の外出という悪事の現場を押さえられ、
「いや、その…」
と彼らが答えに窮していると、その女子は
「早く帰るのよ。親御さんが心配するからね」
と彼らをたしなめてその場を去った。驚きに突き動かされたこともあり、彼らは急いでその場を後にした。

その李さんの孫かひ孫の人が家に着いたときに事態が大事になっていたのは言うまでもない。その晩と翌日、彼らはそれぞれの両親から大目玉を食らい、死ぬ思いをした。

次の日の朝登校した3人は担任教師から呼び出され、前日の夜の外出に関する注意を受けた。そのときに彼らの頭にあったのは、あのきれいな女の子。
「自分たちだけが叱られるのは癪だ」
という気持ちもあったので、3人はその女子のことも担任教師に告げ口した。その話は保護者の間に伝わり、彼らの両親の知るところとなった。

一週間後だったらしい、その子が李さんに呼び出されたのは。休日の昼間にその子は李さんに呼び出され、その女子に関してこんな話を聞いたそうだ。

李さんが子供の頃、まだ日本が貧しかった当時、そのオフィス街にはいくつもの店が並んでおり、その中にいかがわしい商売をしているところがあった。その店があったのは、その噂のビルがあった場所。そのいかがわしい商売というのが、売春や人身売買といった類のものだった。その店の人は貧しい家庭から子供を買い、彼らを働かせて稼いでいたとのこと。
「子供は商売道具。だからきれいな格好をさせ、化粧を施す」
あの夜その子があったその女子は化粧をしていたそう。李さんの話に登場する子供たちは、その女子の特徴と一致した。そのことを踏まえて考えると、夜な夜なそのビルから聞こえてくる子供の泣き声の正体は…
「その店で働かされていた子供たちは、そんないい環境にはいなかっただろうな。中には無念の思いを抱いて亡くなった子たちもいただろう」
3人が見たその女子は、誰だったのか、それは彼らが大人になった今でも謎である。


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