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心に滞留するアンビバレントな気持ち『aftersun』映画感想

夏休みの数日間、トルコのとあるリゾート地に訪れたのは離婚して1人になった父親のカラムと普段は母親と生活する娘ソフィの2人。
時間を気にすることなく、非日常感に浸りながら昼はプールやビリヤードをして夜は歌唱ショーを聞きながら夕飯を食べる。決して豪華でも優雅でも特別でもないそんなリゾートで過ごす夏休みを、恐らく父親と同じ年齢になった娘の回想視点で描かれるこの映画を観た私は、2人にとってこの夏がいかに大切で美しかったかといつの間にか泣いていて、同時に垣間見える寂しさや不気味さがずっと頭と心に滞留していて、この映画をどう処理しようかぐるぐるぐるぐる彷徨っているような感情になりました。
この感情をどう表現したらいいのだろうと調べると、アンビバレントつまり『相反する感情や考えを同時に持ったことで、葛藤状態に陥った精神』というのが相応しいのかなと。

この映画はとにかく観る人にすべてを委ねる映画です、なので私もたぶんこういう事を想っていたんだろう程度の感想ですがご覧ください。
ついでにもう一つ、この映画を観ようか迷っている人、行こうとしている人にアドバイス。そういう考えなきゃいけない映画ってどうしても観る前には背筋を伸ばしてしまいがちですが、そんなことしなくて大丈夫です、リラックスしてください、きっとあなたにとって大切なものが見えてくると思います。
ただ、家のテレビやスマホで観るにはかなりつらい映画です、映画館だからこそ集中して楽しめる作品だと思うので今のうちに観てください。

〈ソフィから見た父親の姿〉
映画では何度かビデオカメラで撮影した旅の動画が流れますがその動画自体は結構短いです。撮影者は11歳のソフィがほとんどで、カメラが回っていない時はソフィの思い出で描かれていることが段々と分かります。

2人が過ごすトルコのリゾート地は決してセレブが止まるような地ではなく若者がわいわいと過ごす場所で、父親が予約したホテルもツインだったはずがシングルで押えられているかなりサービスの緩いリゾート地であり、もしかしたら父親は金銭的にも経験的にも乏しかったのかなと連想できます。
それでも、ソフィは父親とプールで泳いだり、海に潜ったり、プールサイドでゆっくり過ごしたりとても楽しそうで、きっと大切な思い出となったことでしょう。
しかし、同時に寂しさもうかがえます。両親は離婚して、旅行中母親との通話で母は再婚を決めたことを報告したのかカラムは神妙な顔を浮かべたりと、このバカンスが終われば2人はしばらく会えないことを予感させます。
さらに、思春期の入口に立っているソフィは父カラムと年頃特有の対立はなくてもすれ違いがあったりして、成長において仕方がない事ですが父親にとっては切ない場面がありました。

楽しかった旅の思い出、大人になって改めてビデオカメラを見ながら、旅を思い出した時には旅独特の高揚感もソフィはあったと思います。しかし、同時に父と母との関係など大人になったからこそ理解できるいわゆる大人の事情を気づくことが出来なかったソフィの気持ちがストレートには表現されていませんが察することもできました。

この映画の特に面白い所が、父親との交流や会話のシーンです。世界は同じ空で繋がっているみたいな話や、父に日焼け止めを塗ってもらっている時、さらには学校の授業で習ったことを父親に自慢げに話すところ、そして旅行中に出会ったバスガイドの発言に癖がありそれにハマったソフィが何度も真似をする、そんなありきたりで中身のないような記憶は鮮明に残っているのか映画ではゆっくりと鮮明に描かれている反面、父親に『11歳の時将来は何をしていると思っていた?』やカラムは旅行の前半、腕にギプスをまいているのですが、そのギブスを取っている時にした父への質問(これは私が憶えていないです)などの質問は、質問したところでシーンが終わっており、あの時父はなんて返したのか、何を想っていたのかは謎なままで終わり、これはソフィがまだ父親の事を全然知らないことを表現していたのだと思います。

〈カラムの娘に対する愛と心の闇〉
カラムという父親像は厳格な父とは程遠くかなりフランクな父親です、顔が若いこともあり、リゾートに訪れていた若者にソフィのお兄さんと間違われても笑いながら軽いノリでくる若者を娘から遠ざけることなくビリヤードを一緒にプレイしたりします。それも、父親という地位でリーダーシップをとるのでも若者と一緒に過剰にはしゃいだりすることもなく、あくまで娘に自分以外の人と交流をさせるために絶妙な立ち位置で遊んでいたのが印象深いです。
それから、娘はその若者グループと仲良くなり、娘だけで遊ぶこともありますが、それを即答で了承する父親だったりと、同年代の仲間と夏を過ごさせてやりたいという思いやりが伝わってきます。
私はかなりこのカラムの父親像というか教育方針が好きです、思春期の入口に立つソフィの身を案じつつも、時代や社会の流れにソフィを預ける姿勢はなかなか出来る事ではありません。
それはもしかしたら、子どもを指導して守る保護者として正しくはなく、そういう教育方針の理由で夫婦のすれ違いがあって離婚したかもしれませんがソフィはのびのびとリゾート生活を送ることができて成長することができたでしょう。

そしてカラムの心の闇です、この映画私は最初カラムが語り手だと思っていましたが1人でいる時はヨガのようなストレッチを無心でしていたりと感情がなかなか読み取れません。読み取れたのはカラムの抱えていた心の闇です、娘から離れると10歳くらい年を取ったような悲しい顔を浮かべます。それは娘が他の旅行者に感化されて危ない道に踏み外さないか心配なのもあると思いますが、娘を信じている部分の方が強いと思うので、カラムの心配事は夏休みが終わった後の自分の人生です。別れた妻が再婚したら娘とはもっと会いにくくなる、そして仕事がないのか住んでいた土地に別れた妻がいることを気にしてるのか、地元に戻る気はないような発言もあります。
彼は一体どこへ向かったのか、その真相は、、、言うのは野暮かもしれません。

〈まとめ~映画史に残ってもいい『Under Pressure』とラストダンス~〉
この映画を観た99%の人が言っていると思いますが、クイーンとデヴィッド・ボウイが合作した『Under Pressure』の曲が流れながらの野外ナイトクラブでのダンスシーンは本当に心に焼き付きました。
私は、どちらかというと分かりやすいエンタメ全開の作品の方が好きで、タイプで言うとこの映画は合わない部類になると思いますが、そんな私が魅力的に感じる程の映画なのは、ラストシーンのエンタメ全開作品を超えるようなエモーションを含んだスペクタクル演出があったからだと思います
私はクイーンとデヴィッド・ボウイを通ってきても、この曲はあまり刺さらなかったですが、もうずっとこの映画を観た帰宅中『Under Pressure』を聞きながら『aftersun』の余韻に浸っていました。
これは自然に心に焼き付いているのではなく、私は完全なる監督の計算の内だと思います、もちろんそれで良いし、これが監督のデビュー作とのことらしですが凄い才能だと思います。
ほど近いマルチバースの世界で生きる私はきっとこの映画を年間ベストと言ってしまっているでしょう(は?)
そんな映画です。




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