嗤う、痣
ある日、友人との呑みの帰り、酔っ払った勢いで占い屋に立ち寄った。
互いに茶化し会いながら占って貰うと、友達の時は恋愛運や仕事運などを占ってくれていた占い師が、なぜか俺の番になり顔をしかめてきた。
「ちょっと良くないものを抱えているね……その筋の人に相談した方がいいかもしれないよ……」
妙齢の女性占い師は顔を強ばらせ言った。
「良くないものって何ですか?女かな?心当たり多すぎて」
等と友達と笑いながら聞き返したが、占い師は一人沈黙したままだった。
その態度にやや苛立った俺はムッとして口を開く。
「あのさ、金払ってるんだからもうちょい真剣に占って貰えない?サービス悪いよおたく」
「少し……お待ちください……」
そう言うと占い師は黙って俺の肩に手をかざしブツブツと何かを囁き出した。
お経の様な言葉にも聞こえたが聞き馴染みがないためよく分からない。
呪文の様だと友達と笑い飛ばした。
暫くすると、占い師は顔を上げ重苦しい口調でこう言った。
「これで貴方方にも見えるはずです……私にはこれ以上は力になれません、お代は結構ですので今日はお引取りを……」
「え?あ、ああ……」
そう返事を返し、俺と友人は何だか白けてしまったので、店を出て俺の家で飲み直す事にした。
「それにしてもあの占い師、予想以上に胡散臭かったな」
「本当だよ、お前に何か取り憑いてるみたいな事言ってたし、しかも見えるようにしてあげたとか言ってたな、そんなもん見えねえっつうの」
「ははは、まあタダだったしこんなもんだろ」
俺達はその後も部屋飲みを続け、宴会は朝まで続いた。
翌朝、先に起きた俺は酔い潰れた友人を他所にシャワーを浴びる事にした。
頭を洗い流し、ふと風呂場の鏡に目をやった時だ。
右肩に、何か痣の様な物が浮かんでいる事に気が付いた。
「何だ……?」
目を凝らし鏡に近づき、曇ったガラスを拭ったその瞬間。
肩の痣が突然歪に蠢いた。
「うわっ!」
しかも段々とその痣は形を変え、女の顔の様に見えてきた。
思わず尻餅をつき、自分の痣を凝視する。
胸の鼓動が早くなり、背筋に悪寒が走る。
肌が粟立つのを感じ震えていると。
「おい、すげえ音したけど何かあった?」
外から声がし思わず扉に振り返った。
「おお、おい!ちょ、ちょっとこれ見てくれ!」
外にいる友人に慌てて声を掛けると、ゆっくりと扉が開かれた。
「何だよ……俺にそんな趣味ねえぞ……ん?何だその痣?」
「ここ、これ、女の顔!」
「女の顔……?いや、ただの痣だろ……酔った時にどっかにぶつけたか?」
「はあ?いやどう見ても女の顔だろ!み、見えねえのか!?」
「顔なんて見えねえよ、何だ……?ひょっとして昨日の占い気にしてんのかお前?」
「ち、違うそんなんじゃ!」
「ムキになんなよ、じゃな、俺午後から用事あるから帰るわ、またな」
「あ、おい!」
友人はそう言い残しそそくさと部屋から出ていってしまった。
余り見たくはなかったが、俺はもう一度自分の右肩に視線を落とした。
女だ。
痣になった女の顔がハッキリと見える。
しかもさっきよりも若干形を変え、不気味に笑っているようにも見えた。
「あ、あいつには見えないのか……?」
俺は直ぐに着替えると、スマホと財布を持って家を出た。
近くの皮膚科を調べ病院へと急ぎ足を運んだ。
暫く待っていると名前を呼ばれ診察室へと通される。
「今日はどう言った事で……?」
丸椅子に腰掛けた年配の医師の男に言われ、俺は頼まれてもいないのに慌てて服を脱ぎ右肩を顕にした。
横にいた看護師が俺の肩を覗き込む。
「け、今朝からこんな痣が……」
そう言うと、医師は訝しげな目で肩を見つめ、暫く観察した後に口を開いた。
「打ち身では無いね……腫れもない、かぶれかな……」
「か、かぶれ?いやどう見ても顔でしょこれ!女の顔!」
「女の顔?君何を……」
「いや先生ちゃんと見てくださいよ!顔ですよこれ!女の!!」
「お、落ち着いて……ここは皮膚科で、精神科では無いんだから……」
言いながら医師は露骨に顔をしかめてくる。
話にならない。
友人といいこの医師と言い、誰の目にもこれが痣にしか見えないのか?
もしかして俺だけにしか見えないとか?
段々と腹が立った俺は衣服を着替え直し、処方されそうになった薬を断った。
診察室から出る際一睨みしてやったが、医師は終始困った顔をしたまま目も合わせようとしない。
看護師は俺の方すら見ず、鏡越しに俺に怯えた目を向けていた。
「もう……いいです」
そう言い残し、俺は病院を後にした。
こんな状態で家に一人でいるのも嫌なので、俺はそのまま暫く外で時間を潰す事にした。
なるべく人が多い場所と思い、ファミリーレストランに入ると、飲み放題と軽食を頼んだ、
すると友人からLINEが届き、体の具合はどうだと聞かれたため、俺は今朝の事を謝りたいから晩飯でもどうだとファミレスに友人を呼びつけた。
やがて、用事を済ませた友人がファミレスに現れ、向かいの席に腰を下ろした。
「で、どうだ?病院にはいったのか?」
お冷を口にしながら友人が聞いてきたため、俺は徐に襟元から右肩を出して見せた。
「おいおいこんな所で何やってんだよ正気か?」
慌てて制してきた友人を見て俺は肩を落とし、ため息をつく。
「やっぱりお前にはただの痣にしか見えないんだな……」
言いながら自分の肩に視線を移す。
女の顔がより鮮明になり、嗤う口元も今朝よりハッキリとしてきている。
思わず目を背け友人に目を向けた時だ。
「ど、どうした?」
目の前の友人に声を掛けたがどうも様子がおかしい。
窓の方を見て何かに怯えている様にも見える。
「おい、何だよ急に」
肩を衣服に戻し再び声を掛けた。
すると友人はハッとしてこちらに振り向き、怯えたままの顔で口を開いた。
「ま、窓に映ったお前の肩に……おお、女の顔が……!」
「見えたのか!?」
友人が何度も頷く。
窓に映った……そういえば病院で見た看護師の女……あいつも鏡越しに俺を見て怯えていた。
まさか鏡越しになら見えるのか!?
その後、俺達は運ばれてきた食事には手を出さず、会計だけを済ませ慌てて店を飛び出した。
再びあの占い師の元を尋ねる事にしたのだ。
店に入ると嫌そうな目であの占い師に出迎えられたが、占い師はそんな俺たちを見るなり、ため息混じりに今からここに行けと、近くの寺を紹介された。
店を出て急ぎタクシーで寺に向かう。
辺りは暗くなっていたが、寺に着きインターホンを押すと、占い師が予め連絡しておいてくれたのか、俺達はすんなりと中へと通された。
案内されるまま境内に連れていかれ中央に座らされると、住職らしき年老いた坊さんが現れ、俺たちの前に腰を下ろした。
「話は聞いてるよ。またやっかいなものを抱えとると……どれ、見せてご覧なさい」
坊さんに言われ俺は衣服を脱ぐと、座ったまま右肩を前に突き出した。
友人はこちらを見ず青ざめた顔で俯いたままだ。
すると、坊さんは俺の肩を舐め回すようにジロジロと見て言った。
「これは……ははは、なるほど、お兄さん、どうやらあいつに灸を据えられたようですな……」
「きゅ、灸?」
聞き返す俺に坊さんが笑いながら頷く。
「占い師ですよ。あいつはああ見えて力のある奴でね、普段ならこんな事はしないが、たまにこんな子供騙しな事をする困った奴です。お兄さん達、あいつに何か失礼な事でも働きませんでしたか?」
「失礼な事……?」
しばし考え友人と顔を見合わせる。
やがてお互いにハッとして坊さんに振り返った。
「あ、あの、俺達その、酔った勢いで占って貰って随分茶化してしまったというか、その失礼な態度で……」
「はははっそれですな。大丈夫、直ぐに祓えますから心配はいりませんよ」
「ほ、本当ですか!?よ、良かった……」
ほっと胸をなでおろした時だった。
にこやかに笑っていた坊さんが急に眉間に皺を寄せ鋭い眼光を向け口を開いた。
「ただし、女の嗤う顔がこれ以上大きくなっていたら、取り返しがつかない事になっていましたがね……」
ぞくりとした。
思わず肩に視線をやった瞬間、痣になった女の顔が俺を上目遣いで見つめ、口が叫んばかりに開き不気味な嗤い声を挙げた。
その声は友人にも聞こえたらしく、俺達はその場で腰を抜かし愕然としてしまった。
あれから暫く立つ。
今はあの時の痣も消え、何事もなく平穏な日々を送っている。
俺から言えることはただ一つ、むやみやたらに敵を作らない方が身のためだと言う事だけだ。
あの占い師にとっては、ほんのちょっと灸を据えた事だったかもしれないが、もしかしたら一大事になっていたかもしれない。
あれ如きでと文句を言いたいところだが、口は災いの元、という言葉もあるのだから……。
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