花火の記憶
夏の夜、山間の小さな町で毎年恒例の花火大会が開かれる。この町に住む人々にとって、花火大会は一年で最も楽しみな行事の一つだ。今年も町全体が華やかなムードに包まれていた。
高校二年生の佐藤遥も、その一人だった。遥は幼い頃から毎年花火大会に参加しており、その光景は彼女の心に深く刻まれている。今年は特別な理由があった。幼馴染の田中悠斗が東京に転校することになり、二人にとって最後の花火大会となるのだ。
「悠斗、来年の夏はもうここにいないんだね。」
学校帰りの坂道で、遥は少し寂しげにそう呟いた。隣を歩く悠斗は、少しの間沈黙した後、笑顔で答えた。
「そうだな。でも、また会えるさ。東京からも帰ってくるよ。」
そう言いながらも、悠斗の目には一抹の不安が見えた。遥もそれを感じ取り、さらに胸が締め付けられる思いだった。
花火大会当日、町の広場にはすでに大勢の人々が集まり、屋台からは美味しそうな匂いが漂っていた。遥と悠斗は約束の時間に待ち合わせ場所で落ち合い、一緒に広場へ向かった。
「今日は特別な日だから、思いっきり楽しもう!」
悠斗は元気に言い、二人は屋台巡りを始めた。焼きそば、たこ焼き、綿菓子――次々と美味しそうな食べ物に舌鼓を打ちながら、楽しい時間を過ごした。
やがて、夜が更けてくると、空には一番星が輝き始め、花火の打ち上げが始まった。遥と悠斗は川辺のベンチに座り、夜空を見上げた。
「すごいね。今年も綺麗だ。」
遥は感動しながら言った。大きな花火が次々と夜空に咲き、色とりどりの光が二人を包み込んだ。
「遥、覚えてるか?小学生の頃、ここで見た花火のこと。」
悠斗が静かに語りかけた。遥は頷きながら、その時の光景を思い出した。
「うん、覚えてるよ。あの時もすごく綺麗だったよね。二人で手をつないで見てたよね。」
「そうそう。あの時、遥が泣いちゃってさ。」
「え、そんなことあったっけ?」
遥は驚いたように言った。
「うん、確かに泣いてたんだよ。花火の音が怖くて。」
悠斗は笑いながらそう言った。遥は少し恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「でも、悠斗がずっと手を握ってくれて、安心できたんだよ。」
二人はしばらく無言で花火を見続けた。それはまるで、過去の思い出を紐解く時間のようだった。
「来年は、悠斗も東京で花火を見るのかな。」
遥がふと呟いた。
「そうだな。でも、ここの花火とはまた違った感じだろうな。」
悠斗の声には、少しの寂しさと期待が混じっていた。
「そうだね。でも、どんなに遠くにいても、同じ空の下で花火を見られるんだ。」
遥は少し強がりながら言った。悠斗もそれに応じるように、優しく微笑んだ。
「そうだな。同じ空の下で、また会えるさ。」
その言葉に、遥は少しだけ胸の痛みが和らぐのを感じた。
最後の一発、大きな花火が夜空に広がり、まるで昼間のように明るく町を照らした。その瞬間、遥は心の中で強く願った。
「この思い出が、ずっと色褪せませんように。」
花火が消え、夜空に静けさが戻った。二人はゆっくりと立ち上がり、手をつないで家路に向かった。
それから一年後、遥は東京での新しい生活に慣れつつあった。新しい友達もでき、毎日が新しい発見で満たされていた。
ある夏の夜、ふと懐かしい気持ちに駆られ、遥は夜空を見上げた。遠くで花火の音が聞こえる。東京の花火大会だった。
「悠斗も、今頃同じ花火を見てるのかな。」
遥は微笑みながら、心の中で呟いた。
その時、スマホが振動し、メッセージが届いた。送り主は悠斗だった。
「花火、見てる?同じ空の下で。」
遥はそのメッセージを見て、自然と涙が溢れた。遠く離れていても、心はつながっている。そのことを改めて感じた瞬間だった。
「うん、見てるよ。同じ空の下で。」
遥はそう返信し、再び夜空を見上げた。花火の光が、二人の未来を明るく照らしているように思えた。
その夜、遥は東京の空に広がる花火を見ながら、また新たな思い出を心に刻んだ。そして、遠くにいる悠斗との絆を確かめることができた。
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