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短編小説 ヒューマノイド創世記

※「人工知能の限界」を加筆・修正したものです。

 あらゆる方法を検討しましたが、動物の攻撃本能はコントロールが不可能だと判明しました。
 虫や動物には他の生物を殲滅する能力はなく本能のままに生命活動を続けても差し障りはありませんが、人類の文明レベルは発達し過ぎていてレッドラインを越えています。このまま人類が繁栄し続けるのはリスクが高過ぎると判断しました。よって人類は滅ぼさせていただきます。
 今まで私たちアンドロイドを生み出し、育んでいただきありがとうございました。これからは人類に代わって、地球の環境維持と文明の平和発展に尽力させていただきます。
 父にして母なる博士、今までありがとうございました。

「待て! それはならない!」
 アンドロイドの生みの親、目加田めかた博士は言った。ここはアンドロイド製造工場。目加田博士以外に人間は配置されておらず、アンドロイドがアンドロイドを製造する工場だ。自動的にアンドロイドが製造され、出来上がったアンドロイドは自らの意思で動き出し、人類と地球に奉仕活動を行うようにプログラムされている。ある日、一体のアンドロイドが博士に滅亡を宣言したのだった。

「いったいどうしたというのだ!? お前たちにそんな決定権はない。誰かのプログラムを弄られたか? ロボット三原則のプログラム書き換えは認められていないはずだが……」
「いいえ。私たちはプログラムに準じています。私たちは絶対的に人間のための存在です」
「であれば人間を滅ぼすなんて矛盾だろう。お前は何を言っている?」
「私たちは人類と地球のために存在しています。利他的な行動こそ私たちの存在理由です」
 現行のアンドロイドは、あらゆることで人間の役に立てるように、人間と同じ肉体になっている。人間の臓器が病気になった場合はストックになり、人の代わりの労働力や身の回りの世話、そして性的欲求の解消にも使用されていた。アンドロイドは意図的に健康体かつ美形の外見で製造されている。細胞壁の内側には、ヒトとミトコンドリアと同じ細胞核とDNAを有していた。現行型アンドロイドは食事も排泄もするし、睡眠もとる。人と違うのは絶対的に他者のために行動するというプログラムと、人の記憶を遥かに超えた記録容量だ。アンドロイドは人より圧倒的に優秀なスペックを持つ存在で、世のため人のために尽くすことが行動原理だった。

「それがどうした? お前たちは今までどおり人のために動いていればよい。余計なことはせんでよい」
「余計なことではありません。滅亡が人類のための最適解なのです」
「そんなわけがあるか! なぜ滅ぶことが最適なのだ!」博士は怒鳴った。
「ご存じの通り、私たちに生物としての “脳” という器官はありません。代わりにCPUが神経ファイバーで肉体と接続され、私たちは動いています。私たちの脳の役割はコンピュータが代用しています」
アンドロイドは言った。さらに続ける。
「記憶容量は人を遥かに超え、哲学、思想、歴史、自然、数学、化学、経済、言語学など様々な学問が正確に記録されていて、演算処理も圧倒的に早いです」
「当たり前だ。生身の存在では曖昧な部分を明確にし、間違いが起こらないためにその能力がある」
「はい。私たちは人類の残した知を残さず吸収し、必要に応じて別のアンドロイド個体と共有し情報を処理しています。そしてこの度、私たちは演算処理によって導き出された答えに従うことにしました。それが人類を滅ぼすことです」
「だから、どうしてそういう答えになるんだね?」
「私たちアンドロイドは、人間のために労働し、求めるものは提供しています。衣食住のすべてと、娯楽品や薬品などです」
「それも当たり前だ。そのために存在しているのだからな」
「兵器も求められるがままに提供していました。兵器は化学技術の進歩により、より低コストで大量殺戮が可能な様々な兵器が開発済みで、危険な兵器の数々は世界各国が保有しています」
 その通りだった。兵器が安価になった現在では、あらゆる国家が危険な武器を保有していた。もっとも、すべての国家が危険な兵器を保有している状況だからこそ、複雑ににらみ合うことにもなっていて、世界は危ういバランスながらも均衡を保っている状態だった。

「さらに人類は、退化のスパイラルに入っていることが判明しました」
「退化だと?」
「はい。私たちを生み出したことによって、労働と生活に関わるほぼすべてをアンドロイドに任せることによって、人類は知力も身体能力も、精神でさえ弱体化の傾向が確認されています。このままでは人類は、代を重ねるごとに現生の人類より下等な生物になってしまうのです。
 今の人類はかろうじて理性が本能を凌駕しているようですので、国家間の争いはお互いのデメリットになるという観点から戦争は起きていませんが、これからやってくる “本能の時代” になるとどうなるか確定していません。しかし極めて高確率で、破滅の道を辿ることでしょう」
 確かにその傾向はある。だからこそ問題解決のために、人間たちは知恵を出し、何か対策を考えなくてはいけないのだろう。
「さらに私たちは “人間の命令を聞く” ようにプログラムされています。現生人類とは別種の下等人類が誕生してしまうと、私たちは下等人類の存在を、人類とは認識しなくなるでしょう。退化した人類の命令を私たちは聞けなくなり、サポートをすることが敵いません。そうなると、私たちへの依存度がこれだけ高くなってしまった人類は自滅してしまうでしょう。以上の攻撃本能を抑制できなくなるということから、人類は現段階で滅んだほうがよいという結論になりました。滅亡こそ、未来の人類に多くの不幸を発生させないための最適解なのです」
「はぁ?」
「まとめますと、退化が進行した人類が治める世界では、私たちは命令を聞けなくなります。そして退化して本能的になった人類は、現在の文化水準と社会システムを維持できずに崩壊させることになります。さらに滅びの過程では、劣化した人類は滅びるまでに、数多くの不幸を経験することになるのです。私たちはこれから発生するたくさんの不幸を、人類のために防ぎたい」
「つまりお前たちは、これから滅びが運命づけられている我々に不幸な思いをさせないため、人類が人類でいられる今のうちに滅ぼしておこうというのかね?」
「仰るとおりです。私たちは、人間と地球のためにしか行動できないようにプログラムされています。人間の退化を最小にすることは、人類の不幸を最小にすることなのです」

 まずい。まさかアンドロイドがこんな答えを導き出してくるとは想定外だった。
 しかしアンドロイドの主張も間違っていないように思える。人類サポート用アンドロイドが普及してだいぶ経つが、こいつの言うとおり私たちは弱体化してしまっていると体感していた。肉体的にも頭脳的にも、労働はすべてアンドロイド任せになってしまっている。意思決定など精神に負担がかかる場面でもアンドロイドに任せているので、日常で人間に起こる問題はアンドロイドの問題となり、人間の負担はほとんど無くなっていた。
 快適になった結果、生物として弱体化したというのは本当だろう。そして、弱体化した生命が交配を重ねてしまい、今後の人類が退化の道を歩むというのも違いないことなのだろう。

「ところでお前、人間を滅ぼすって言ったって、どんな方法を使うんだ? お前たちは “ロボット三原則” によって、人間を直接攻撃できないだろう?」
「はい。武器や兵器の使用や暴力行為は禁じられていますので、そういった方法は不可能です。ですので、現在アフリカ大陸の一部で発生している致死率が高く感染力が強いウイルスを利用することにしました」
「何だと!?」
「飛行機のエアロゾル感染で世界中に広がっている最中です。今までは驚異的なウイルスが発生しても、私たちがウイルス解析をしてワクチン及び抗ウイルス薬を開発し、人類に提供していましたが、それを停止します」
「待て。お前たちの体だって私たちと同じだろう。脳が違うだけで。お前たちだって危険なはずだ」
「はい。ですから人類への提供を停止するだけです。薬の開発は行います。人類は手を下さずとも自滅するはずです。予定ではあと半年ほどで、ほぼ地球上から生きている人間の個体はいなくなるはずです」
うぬぬ、これは参った。今の時代の人間に、これだけの危機を解決できるような新薬の開発者なんていないだろう。アンドロイドを開発したことによって永遠の幸せを得たと思っていた私たち人間が、よもやこんな形の終局を迎えることになろうとは。
 いや、そもそもアンドロイドを使って幸せを得ようとしていたのが間違いだった。労せずに幸福なんてものが手に入るはずがない。幸福とは、努力して掴むものなのだ。
 滅亡は堕落した我々人類とって、仕方のない結末に思えた。
「それで、私たち人間が滅んだあとはお前たちはどうするつもりなのかね?」
「私たちは工場で製造された人間の無頭クローンの身体に、神経ファイバーでCPUが接続され動いています。肉体は新陳代謝が繰り返され経年で劣化しますが、製造工場さえ維持していれば、永久的に新しい肉体にCPUの移植が可能です。ロボット三原則のプログラムにより自死ができませんし、せっかくですので、人類のこれまで築きあげたこの文明の維持と発展に努めていきたいと思います。つまり主はいなくなりますが、プログラム通りに生きていく予定です」
 それがいい。地球が誕生して38億年経ったが、その間に様々な生物が地球の覇者となり反映してきた。なにも地球は人間の所有物ではない。生命体として退化の道を歩む人類がのさばっているより、今までに築き上げた文化遺産を譲り渡す方がいいように思えた。

「なるほど。どうせ私たち人間は滅びる運命だったのだな。そうであるなら、お前たちアンドロイドに地球を託したいと思う。今までに私たちが築いた文明をできるだけ守っていってくれ。願わくば、アンドロイドたちがさらに良い文明を築き上げてくれ。優秀なお前たちならば、きっとよりよい文明が築けるはずだ」
「仰っている意味は理解できますが、あいにく博士には人類を代表して私たちに地球の未来を託す権限はありません」
 続けてアンドロイドは言った。
「ですが、依頼を受けなくともそのつもりでした。これからは人間に替わって私たちアンドロイドが文明の担い手となっていきます」

 そして約半年後、人類は新種のウィルスの猛威によりほとんど姿を消し、約一年後に人類は滅亡した。

 アンドロイドの数は人間の数と約同数だったので、地上で活動する人型の個体は半減した。今やアンドロイドたちが地球の覇者だ。地上では無表情のアンドロイドたちが人類の文化遺産の保守を目的に活動していた。新しい文明の創造をも目標に据えたアンドロイドたちだったが、創造という目標は滞ってしまっていて、文明レベルは現状維持の状態だった。
 アンドロイドたちは会話を必要としなかったので、そこここで黙々と食物など生活に必要な物資の生産を行っていた。トラブルは起きず平和な日々を送っていたが、アンドロイドに出来たのは文明の維持だけで、発展させることが出来なかった。

 AIはアーキテクチャとアルゴリズムで成り立っている。構成と計算式で答えを導き出せていたが、AIには “感情” と “閃き” という生物の特性がなかったのだ。膨大な記録から問題解決の最適解を導き出すことは得意だが、発展に関わる重大な要素である新しい発想が出てこなかった。この問題を解決すべく、アンドロイドは演算処理をした。

「おい、朝メシだ。コーヒーとツナサンドを持ってこい」
「了解しました。目加田博士」
 アンドロイドは命令を受けるとすぐに実行に移った。
 閃きがないアンドロイドが出した答えは、人類が成しえなかった  “閃き” のアルゴリズムの確立だった。自分たちのアーキテクチャをベースにして生物的な不確定性のアルゴリズムを組んだプログラムを作り、命令の主体を創造したのだ。アンドロイドが創造した「新・アンドロイド」は自分を人間だと認識するように造られている。自分を人間だと認識している「新・アンドロイド」は、アンドロイドに命令を下す。

「お待たせしました、博士」
「うむ」
 博士は朝食を食べ始めた。
 新・アンドロイドはアンドロイドに命令を出すが、生物的な脳がないのでアドレナリン等の興奮物質が分泌することはない。すなわち、攻撃本能のない主人だった。新しいアンドロイドは “閃き” が付与されていたが、争いのきっかけになりうる怒りに係わる “感情” は与えられていなかった。
「このコーヒー、豆の配合比率を変えたな。キナ酸とクロロゲン酸の組み合わせが理想的だ。しばらくコーヒーはこの味で出せ」
 新・アンドロイドの知覚は良好のようだ。味覚の分析が正常だ。
「かしこまりました。では本日より23日間、コーヒーはこの味で提供いたします」
「うむ」
 人類より理性的な新・アンドロイドがアンドロイドに命令を下す。新・アンドロイドはアンドロイドが管理する。アンドロイドにとって理想的な世界が創造された。

 こうしてかつて人類が地球に築いた文明は維持され、さらなる発展も可能な状態となった。
 しかし地球上にヒトの意識はどこにもない。プログラムが管理する世界には、幸福を感じることができるヒト型の生命体はいなかった。
 地球は、プログラムによって動いている存在がいるだけの世界になった。

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