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私の翻訳小記 #66

全訳を完了した

16世紀英国教会説教集 Certaine Sermons or Homilies の全訳を完了したのは今年の9月のこと。20年くらいにわたってずっと翻訳をしたいと思っていたものの、高校の仕事が忙しい、英語力が足りない、キリスト教の知識がない、そんな「ないない」にずっとずっと逃げていた自分。しかし2020年の正月にふと本気で「やってやろう」という気持ちになり、それから2年と9か月。ようやく和訳をひととおり終えた。

全訳しようと本気になったのはなぜか

なぜふと本気になったか。これ自体が自分でもよくわからない。後付けする理由になるかもしれないが、元日に49歳の誕生日を迎え、50歳がもはや迫ってきて人生で「残せるもの」に焦ったという気持ちもあったかもしれない。次男がいよいよ高校3年になるということから、「一緒に勉強しよう」と思ったのかもしれない。障害をもった長男が支援学校を卒業して通所から入所となって家を出て「自立と共生」に向かって歩み始めたというのもあった。でもこのほかに何かあったかといえばなかったので、この3つが根底としてあった理由だったのだろう。ともあれ、しようしようと思いながら10年以上も放置していたに等しいものに取り掛かり、2年と9か月で和訳を終えた。

説教集との出会い

そもそもこの Certaine Sermons or Homilies との出会いは大学院生のとき。シェイクスピアを専攻していて修士論文を書く際に、当時の思潮を論の典拠とする必要があって出会ったのが始まりである。ヨーロッパが宗教改革に揺れていた時代の、いわば官製の、体制擁護と反カトリシズムを目的として民衆を教化するアイテムであったこの説教集の文献としての大切さを感じつつも、「なんで和訳がないんだ」と率直に思っていた。

30代と40代を振り返る

大学院を修士で出て高校教諭となり、しかしその後も研究を続けていてちょこちょこと論文を書いて紀要に載せてもらったり、大学の非常勤講師もするという生活をする中で、ますますこの説教集の研究上の貴重さを感じるに至り、いつかは翻訳をしたいなと思った、そういう30代だった。子どもを二人もうけ、学校の仕事も忙しくなり、だんだんと「学問」から遠ざかりつつも、「いつかは全訳したい」と思いながら40代に入った。この20年間で大きなことを挙げれば、長男の障害とともに歩んだことと震災で家屋が全壊したこと。仕事もますます忙しくなった。それでもいつかは、という気持ちは消えずにしぶとく心のなかにあった。

よし、やってやろう

話が前後するが、そんなこんな49歳の誕生日だった2020年の元日に「よし、やってやろう」と本気になり、翻訳に取り組み始めた。取り組んですぐにわかったこと。なんでいままで誰も全訳を出さなかったのかがみえた。

①構造が複雑な上に長い文がやたらとある。訳しにくい。
②現在の英文法ではアウトなことがたくさんまかり通っている。常識が通じない。
③そもそもキリスト教の知識と理解がなければ適切な訳語を生み出せない。圧倒的に勉強量が足りない。

こういうことだった。それでもそれでも、なぜか熱い気持ちに後押しされてなんとか頑張り、2年と9か月をかけて全訳が終わった。平日の昼(というよりは朝から晩までか)は高校教師で、平日の夜(というよりは深夜から早朝までか)は翻訳に勤しむ中年学徒という生活だった。もっとも、これからも学徒であり続けたい。

何事にも時がある~今がその時

体力的にきつい。徹夜ができない。老眼が入ってきているので目にもきつい。なんでこういうことをもっと若いときに始めなかったのだろうかと自分を恨む。自分の愚かさを情けなく思う。しかしこうも思う。何事にも時がある。翻訳をしようと強く思い、英語の力もそれなりについてきて、日本語もわかるようになってきて、キリスト教への理解もいくらか深まってきて、というのは若いころにはなかった。いちばんは視野の広さというか洞察力というか、包括して物事を見る力だろうか。これは若いころにはない。少なくとも私は若いころにそういうのを持ち合わせる者ではなかった。だから今なのだろう。むしろ50代になっての今こうできていることが幸せなんだと思う。そんなこんなで2年と9か月をかけて全訳を通すことができた。


ここまでが私の翻訳小記。かなり駆け足ながらの2022年までの振り返り。この続きは、つまりこの上にたっての2023年の抱負についてはまた明日とします。

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