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話をするのは車の中

第2章 くるま
 「生きづらさの声でつむぐラジオとくるま」、前回は「ラジオ」について書きましたが、今回は「くるま」について。私の地元では電車、バスといった公共交通機関の利用の便が悪く、多くの人が車を使います。1家に1台ではなく、1人1台という状況であり、多くの人にとって、18歳になれば自動車教習所に行くのが当然のことのように受け止められています。私も免許を取得後に、車を購入し、これまでも乗ってきました。では、車に愛着があるのか?といえば、愛着はありません。なぜなら、車は好きだから乗っているのではなく、乗らないと生活できないから乗っている。生活の一部であり、好きとか嫌いとかではなく、動かないと困るもの。極端に言えば、動けばどのようなものでも良いものと言えるのかもしれません。

 そのような感覚で生活を送ってきた私にとって、車を意識したのはひきこもりの訪問活動を始めた時でした。訪問をする時も車は利用しますが、仕事においてはどのような車でも良いという訳にはいきませんでした。

 訪問先に行く際に通る道は、交通量が多く、整備されているところばかりではありません。整備されておらず、道幅の狭いところや農作業をする軽トラックしか通らないような農道もあります。そのため、大きな車では行けず、当初は職場の軽自動車を利用していました。

 ですが、私が訪問するひきこもりは訪問すれば会えるものではありません。さまざまな試行錯誤を繰り返す中で、本人との接点を築くキッカケづくりのためにと、家族から聞いた本人が好きだったもの、好きそうなものを集め、訪問時に使用する道具として持ち込むようになりました。漫画本、小説、ゲーム機、テレビなど、それぞれの人に合わせて用意していくとその数はどんどん増えていきました。軽自動車では道具が入りきらないようになり、車は少し大きめのものに変わり、最終的には職場にあったワゴン車に変わりました。ワゴン車が最大限、行けるところまで行き、その先は車を停め、道具を持ち、訪問先まで歩くという形になりました。令和元年8月29日、地元のNHKが訪問の様子を取材し、撮影された映像が放送されました。

ふすまの向こう側と|ひきこもりクライシス “100万人”のサバイバル|NHK NEWS WEB

 また、その映像を見た東京のNHKより翌年の7月16日に取材を受け、1日の訪問の様子が映像とともに紹介されました。

ひきこもり支援 つながりをどう保つ? - NHK クローズアップ現代 全記録

 「くるま」との関係では、前述の一連の流れを受け、令和2年12月9日、NHKがその年の5月に始めた「みんなでひきこもりラジオ」のパーソナリティを務める栗原アナウンサーが改造された車をラジオカーに見立て、リスナーの元へ行き、車内で話を聞くという企画があり、私もその当時、話を聞いていたひきこもり当事者と家族とともに参加し、その映像が放送されました。

“こもりびと”の声をあなたに ~親と子をつなぐ~ - NHK クローズアップ現代 全記録

 使用されたラジオカーは、日産のキャラバンの後部座席を取っ払い、机と椅子を置き、カフェのような雰囲気の部屋になっていました。その部屋を見た時に、これは日常の訪問でも使えるかもしれないと思いました。この車があれば、私は自宅まで行く必要はない。広いところに車を停めておき、本人や家族に歩いてきてもらえば良い。私が自宅に上がらないので、本人や家族も私が来ることに構える必要はない。車の中に入るだけなので、外の目を気にする必要もない。用意してある私の道具も車内に置いておくこともできる。「使える」、そう思いました。そうは思ったものの、NHKが所有しているものを私が使うことは当然できません。どうしよう?自分で改造したものを作り、購入する?いくらかかるのだろう?NHKの作った車は後部座席をなくしたため、ワゴン車なのに二人乗り。後部座席に椅子と机は置いてあるものの、固定されておらず、その椅子に人を乗せ、車を動かすことはできない。そのような車を訪問で使う目的のためだけに車を購入し、維持していくことはできない。「無理か・・。でもな・・」、同じ答えしか出ない話を、何回も何回も考えていました。

 社会はコロナ禍。緊急事態宣言による外出自粛要請を受け、在宅ワークが進み、自粛の解除を受けても、人込みを避け、キャンプなどのアウトドアをする人たちが増えていきました。車のことが頭から離れなかった私は、その当時、高まっていた需要を見込んで多く発売されてきた「キャンピングカー」をネットで見るようになりました。日常でも使えるものを、訪問に活用できないか、そんな思いを抱きながらも、購入するまでの行動は取れずにいました。キャンプをしない私がキャンピングカーを購入することに私自身がピンときませんでした。

 気になるので、その後もネットを見ていると、ディーラーで販売されている車をキャンピングカー使用に改造した車が出ているのを見かけました。ワゴン車、軽自動車、軽トラ・・。さまざまな車が出ていました。これなら、日常でも使えるかもしれない。そう思いました。でも、販売しているのは県外の販売店。コロナ対応に追われる仕事についていたため、休みは不規則で、県外まで見にいく時間は取れそうにない。「これもダメかな」、そう思っていました。

 NHKのラジオカーを見てから、1年半が過ぎようとしていた時、私はタイヤ交換のためにお世話になっているディーラーのところに行きました。タイヤ交換をお願いし、終わるのを待っていると、1台の車が展示されていました。車はトヨタのハイエース。中はキャンピングカー使用に改造されていました。後部座席は折り畳み式。折り畳み、取り外せる机と椅子を設置すれば、対面して話ができる空間を作ることができ、車内は全方位でカーテンをつけることができました。また、ポータブル電源を置けば、エンジンを切っても車内の照明をつけることができ、充電用のコンセントも設置されていました。「これ使える」、そう思いました。お金のかかることのため、すぐには行動を取れませんでしたが、コロナの類型が下がるとの報道が出たことをキッカケに「類型が下がり、自由が少しずつでも出てくるなら。今なら」との気持ちが出て、購入しました。

 契約から納車までには9か月ほどかかりましたが、私は車を買ってしまいました。買ってしまった以上、やらないといけない。前代未聞の取り組みを始めることになりました。

 どうやって始めたのか、続きは次回に。

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