旅の「記憶」Ⅳ.友との別れ


旅の道連れだった友は、大学・建築学科の同期生。

卒業後は共に建築設計界の中で、彼は構造設計者、私は意匠設計を目指してスタートしました。

それぞれが、設計現場の務めを一通り果たせるようになったのを機に、ヨーロッパへ連れだって旅立ちました。


友は、笑みを絶やさず、沈着冷静でしたが、私はすぐに感情を表われがちで、他人の言動が気になるタイプでした。

旅行が続くにつれて、私は我を抑えきれなくなることもありましたが、そんな時も友はにこやかに収めてくれて、大事に至ることはありませんでした。

今でも振り返れば、彼の器の大きさには唯々頭が下がるばかりです。

旅が1月を経過した頃、友は残してきたプロジェクトの都合で、当初の予定通り、先に帰国することになりました。

ローマ・テルミニ駅頭から、友は日本に向けて、私は夜行列車で北欧に向けての旅立ちでした。       

        ろ

ローマ・テルミニ駅

その別れに際して取り交わした言葉は、実に素っ気ないものでしたが、友は、一人残す私の無鉄砲さを案じていたでしょうし、私は、頼りにしてきた相棒を失う不安を、内心拭い去ることはできませんでした。

 

列車の同じコンパートメントの乗り合わせたのは、私の他に老夫婦、尼僧のシスターの4名で、初対面のせいか、当初はぎこちない雰囲気でした。        

4人用コンパートメント

それぞれが持ち寄ったワインや食物もあって、次第に打ち解けて和やか雰囲気になり、会話が弾みだすようになってきました。

私は、共に旅行してきた友と今日別れて、これから私の一人旅が始まることを披露しました。

ワインと会話の酔いに、心地よい列車の振動も加わって、先ほどまでの不安もよそに、我知らず寝入ってしまいました。       

目覚めた時は、列車はドイツの田園の中を走る日曜日の夜明けでした。        

ドイツ農村地帯の夜明け

私の気配で目を醒ましたシスターが、私に云うには、

「耳を澄ましてごらんなさい、教会の鐘の音が聞こえるでしょう。         あなたの一人旅に、幸い多かれと、鳴っているのです」、

そしてウィンクしたのでした。

陽が昇り、鳴り響く村中の鐘の音の祝福と激励を受けつつ、列車は目的地を目指して走り続け、私の一人旅は始まりました。


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