忘備録③最善って何? ~ある嵐の日に~
私の住んでいる地域に小さなスーパーがあります。
そしてそこには時々特徴的な髪型のおばあさんがやってきて
とくに買い物をしている様子は見えないのだが結構な頻度で遭遇します。
私はその時は”この人はここが好きなのかな”とか
”この近くに住んでるのかな”と
なんとはなしに思っていました。
前日譚(2日前)
その日もそのおばあさんはそこに居た。
しかしながらずっと荷物置き場に座ったままで動かない。
具合でも悪いのか?
おそらく同じことを思ったであろう店員の方が椅子を持ってきて
そのおばあさんを座らせた。
私は買い物を終えて、店を出たが、
おばあさんは座ったまま動かなかった。
その日の出来事について
その日は関東地方は台風が近づいていて朝から荒れ模様だった。
木曜まで休んで土日も休みなのになんで金曜だけ態々出ないといけないんだ・・・と
内心さんざん嘆き&悪態をつき、それでも会社に行くべく家を出た。
そして少しでも早く電車に乗ろうと駅に向かう途中、かの人は居た。
なんと台風だというのに雨の中、傘も差さず服が汚れるのも構わずにうずくまっていたのだった。
近寄って声をかけたが【具合が悪いんです】と言っていて動けない様だった。
私は急いで119番通報した。
『場所はどこですか?』
この時、当然ながらまず最初に場所を聞かれるのだけれど
正直言って場所自体は知っていても意外に正確な住所って出なかったりするのよね・・・
しかもこんな時に限ってgooglemapでなかなか現在地が出てこない・・・
なので目印になりそうな場所をいろいろと伝えたうえで
現状を伝えて来てもらうように要請した。
『ご本人は来てほしいと言っていますか?』
これがまさかの質問だった。
(※おばあさんはこちらが顔を覚えてるだけで名前は知らない)
実際にはそのおばあさんは『すみません』『呼んでくれなくてもいいですよ』とは言っていた。
しかしながら雨の中に動けない人を放置するわけにもいかないだろう。
なので『本人はいいと言っていますが私の判断で来てほしいと言っています』と強引に言い切って、救急車に来てもらうことにした。
幸い救急車はすぐに来た。
状況を説明しておばあさんを救急隊員に託すと、私の役目は終わり。
あとは会社に行くのみだったので、そのまま駅に向かったが、
この時の最善の行動って何だったんだろう?と今でも思っている。
というのは
・そもそも何故朝早く、台風で雨が降ってるのに
おばあさんは外でうずくまっていた?
・おばあさんがうずくまっていた場所のすぐ近くに
小銭と鍵が入った袋があった
・その場所は状況的におばあさんの住所とかなり近いと思われる
(付近にアパートっぽい建物あり)
ということから、
おそらくおばあさんは例のスーパーに行こうとした?
でも普通なら朝7時台から営業してないことなどわかるから、
そのおばあさんはもしかして・・・・
ということだろうと思う。
だとしたら仮に今回無事に体調が回復しても、
果たして家に戻れるのだろうか?
下手したら人助けしたつもりで大好きな場所から切り離したのだろうか?
自分のしたことは本当に最善のことだったのだろうか?
一応あの場を離れる前にアパートを指して
『この人は多分このあたりに住んでいると思います』とだけ
告げはしたものの、
救急隊員の方への情報としては決定打にはならないだろう。
いろいろ考えた。
もしかしたらあのアパートが家だったのならむしろそちらに行くべきだったのかもしれないし
むしろその方が家族とか私より知っている人がいたのかもしれない。
ただ、あの時自分の取りうる判断としては、救急車を呼ぶ以外考えられなかった。
最善って何・最善を目指すには
『最善を尽くす』と口で言うのは簡単だけれど、
何が最善かというのは本当に難しいです。
たとえば自分の仕事の例ですが
・お客様から納期ギリギリで
『急ぎでこの商品(オリジナル商品)が欲しいんですけれど』
という電話がかかってくる。
・こちらとしてはなるべく間に合わせるため、できる限りのことはするが
それはほとんどの場合別のスタッフに仕事を急いたり、負担をかけることにつながる。
・間に合いそうならできる限りのことはしたいと思うが、
時には断る勇気も必要。
幸いにして今のところ毎回奇跡的に納期に間に合ってはいるものの、
相談を受けるたびに何が最善なんだろうと思います。
そして何が最善かを判断するときに理性で決めているつもりでも
意外と入ってきてしまうのが今までの経験、記憶から来る感情、
場合によっては信念みたいなもの、が
結構なウエイトを占めていたりして、
それがさらに判断を難しくするものだと思います。
そんなときに気をつけたいのが霊能者エマさんのブログのこちらの御言葉↓↓
悪魔憑きにならないために・中庸を目指す
視座の低い人は今しか考えられない、視座の高い人は未来を見ている
自分の考えや感情だけに囚われない。
たとえ相容れない考えだと思ってもなぜその考えに至ったのか、
相手の背景を想像できるよう努力する。
物事を点でとらえず物事の色々な側面から多面的にとらえる。
きっといろいろな思考や選択や、可能性のなかから
少しでもより良いと思うものを選んで選んで選び取ってゆき、
少しでもより良いと思うことを誠実にやっていく、
その繰り返しこそが真の中庸を目指す道であり
そしてその積み重ねが視座を上げ、
最善につながるための道なのかなと思います。
これはいろいろな思い込みに囚われがちな自分にとって本当に難しいことなので一番強化したいところでもあります(自戒を込めて)
おまけ
さて、ここからは完全な余談ですが、
本来乗車予定の電車には乗れず、もう当然遅刻するものと覚悟していました。
しかし、その日は不思議と雨で電車が遅れることも、よくある踏切安全確認とか運転間隔の調整で●●分停車とかそういうことが一度もなく
しかも大雨を予想した会社最寄駅ではまったく雨が降っておらず、
遅刻することなく無事間に合いました。
こういうことってあるんですね。
いろいろと考えさせられる一日でした。
#日記 #忘備録 #霊能者エマさん #最善を尽くす #視座を上げる #中庸 #選択
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?