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ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。〜世間知らずの夢の成就は、屋敷ではなく平民街で〜 第十四話

 布屋『ネィライ』は、こういうのも何だけれども、それ程お客様が多いお店ではなかった。しかしここ数日は客足が多い。

「ありがとうございました」

 笑顔でお客様を、また一人送り出す。
 カランカランとドアベルがお客様の退出を知らせ、パタンとゆっくり扉が閉まった。音が消えて数秒後、誰も居なくなった室内でやっと私は「ふぅ」と息を吐く。

 会計カウンターには、記入済みの財布カバーの注文票と幾らかのお金。カバーの支払いは商品の受け取り時に貰う事になっているから、このお金はカバー以外の清算の結果だ。

 注文のついでに仕入れて置いている服や小物、布や糸などを買って帰るお客様が増えている。
 見ていると、探しものを見つけるというよりは、ふと立ち止まって商品を手に取るのが殆どのようだった。もしかしたら見たら欲しくなる・使い道が思い浮かぶという事が、結構あるのかもしれない。

 思えば屋敷に商人を呼んで買い物をしていた昔、欲しいものをあらかじめ伝えていたにも関わらず、商人は他のものも一緒に持参していた。
 実際にそれが目について買った事もある身としては、今更「あの時の私は、きっとお客様の購買意欲を擽る術をよく知っている商人たちの手のひらの上だったのだろうな」と、今更ながらに気付かされる。

 注文票を即席で作った保管場所に入れて、手元に控えている『注文総数』の正の字メモに、また一本線を追加した。
 これでもう、完成した正の字が九個プラス、横線が一本。

「もう四十六個目ですね……」

 感慨深げに息をついたのは、売れ行きが予想以上だったからだ。

 初日に買いに訪れてくれた人たちは私が直接街中で宣伝した人たちだったけれど、その後もお客様は継続して来てくれている。
 予約をしては帰っていく彼女たちの中には、私とは何の面識もない人も多い。参考までに来てくれた人たちに少し話を聞いてみると、どうやら知り合いが持っているのを見て話を聞き、この店に足を運んでくれたようだった。

 どうやら購入してくれた方が、周りの人たちに自慢という名の紹介をしてくれているようだ。
 とてもありがたい。そして何より、買ってくれた人たちがそれ程までに喜んでくれているという事実が嬉しい。

 もちろん注文が増える分、作らなければならない量も増える。大変さは増すけれど、それもこれも品物を受け取りに来てくれた人や街中でたまに見る利用者たちの楽しそうな表情の代価だと思えば、また「頑張ろう」という気にもなる。

「バイグルフさんも『最初は一回限りの売り切り販売にするつもりだったが、一度注文を捌いたら、別デザインや別配色の財布カバーを定期的に作って店に置いておくものいいな』と言うくらいには気に入ってくれているようだし」

 お店のためにもお客様たちのためにも、できるだけ早く注文数を作ってしまいたい。そう意気込まずにはいられない。
 が、ここで問題が一つ。
 財布カバーは、バイグルフさんと二人で手分けして作っているのだけれど、彼にも彼の仕事がある。
 私がここに仕事をしに来るようになってからは特に、彼は布や製品の仕入れなどの裏方作業に専念するようになっていたのだけれど、そちらも結構忙しそうなのだ。

 対する私も、店内環境を保つために毎日少しずつでもどこかしらは掃除をしたいと思っているし、最近はお客様の対応頻度も増えている。
 それらの合間を見て財布カバーを作るとなれば、そもそも作業時間が少ないし、いつ来るか分からないお客様の対応をしなければならないのだから、作業自体も片手間になる。
 結果として、中々作業が進まない。

 忙しいのは嫌ではない。むしろ色々なところで必要としてもらえているようで、嬉しい気持ちだってある。
 が、歓声を待たせてしまっている方たちに対して申し訳ない。

「せめてもう一人くらい居てくれれば、作業も出来るのですが……」

 とはいえこれは、商売に携わるものからすれば嬉しい悲鳴なのだろう。幸せな悩み事である。
 自身の悩みに一人思わず苦笑しながら、カウンターの下へと手を入れた。そこには、お役様には見えないように作りかけの財布カバーがに隠しある。
 それを出して手元に目を落とし、再びチクチクと縫い始める。
 途中、近くの窓に何かがヒョコヒョコと見え隠れしていたような気もするけれど、特に気にすることでもない。目先の仕事に集中して、黙々と作業をこなしていった。

 ◆◆◆

「店番くらいはやってやる」
「えっ」

 翌日。いつものように窓からよっこらせと店内に入ってきたディーダが告げた言葉に、私は思わず目を丸くした。

 ディーダもノインも、暇になるとよくここに顔を出しはするものの、室内で適当に過ごすだけ。店番なんて手伝ってくれた事はない。
 以前一度「暇を持て余しているのかな」と思って試しに頼んでみたところ、鼻で笑われて終わりだった。

 彼らは、やりたくない事はやらない主義だ。自由気ままで、己の言葉に嘘を吐かない。
 何度言っても「食後に食器を洗い場まで持ってきてほしい」という私のお願いを聞かなかったふりで、逃亡よろしく外に遊びに行ってしまうのは、お昼下がりの二人の定番だ。
 それほどまでなのに、それが何故。一体どういう風の吹き回しで。
 色々な疑問が脳内を巡る中、結局私が口にしたのはただの素直な気持ちだった。

「えっと、手伝っていただければ正直言ってとても助かりますが、本当に良いのですか……?」

 控えめにそう尋ねると、先に答えたのはディーダではなく、出入り口にした窓の枠にそのまま座ったノインだった。

「まぁここに居て、人が入ってきたらソイツが盗んでいかないように監視しとけばいいんでしょ?」
「で、盗もうとしたら踏ん縛っとけばいいんだろ? 楽勝だろ、店番なんか」

 事も無げに言った二人に、私は思わず「うぅん……」と考える。

 いやまぁたしかに店の物を盗んで行こうとする人がいれば、捕まえなければならないだろう。バイグルフさんからも直々に「そういうヤツには重々注意しろ」と言われてはいる。
 けれど、物理的に追い払う事がさも世界の常識であるかのように言ってのけたノインと、嬉しそうに右手の拳を左手でパンッと受け止めているやる気満々なディーダを前に、少し心配になってくる。

 最初からそのように喧嘩腰の態度では、無用なトラブルを招きそうだ。
 どうしたものか、と眉尻を下げたところで店の奥から足音がやってくる。

「ん? どうした」
「あ、バイグルフさん。それがその……」

 私の困り顔を見止められて尋ねてくれた彼に、甘える形で相談してみる。
 心配ではあるけれど、せっかく二人がやる気になっているのだ。私もたしかに人手は欲しいし、彼らの申し出を拒絶するのも少し勿体ないような気はする。
 しかし、もし二人が何かを起こして店の今後に影響を及ぼしたりしたら。中々判断が難しい。
 彼もきっと悩むだろう……思っていたのだが、私の予想に大きく反し、帰ってきた答えは至極シンプルなものだった。

「あぁまぁ、やらせとけ」
「良いのですか?」
「そいつらとの話は済んでるしな。代わりにリアには、裏で財布カバーに集中してほしいんだが」
「もちろんそれは構いませんが……」

 本当に大丈夫だろうか。一度はそう思ったものの、店主は彼だ。その彼が「ちゃんと話は済んでいる」と言うのだから、これ以上私が二人の店番を不安視する理由はない。
 大丈夫よね? と前向きに考えなおし、会計カウンターの椅子からカタリと立ち上がる。

「じゃぁお二人とも、お願いします」

 二人が店番をしてくれるのなら、私は奥の部屋で作業を使用。そう思い、作りかけのカバーを手に告げると、少々追い払うようなニュアンスを含んだ「はいはい、任せとけ」「いってらっしゃーい」という言葉がそれぞれに返ってきた。
 その言葉を信じて、店の奥に――行く直前で一度だけ振り返る。

「奥で作業していますが、何かあったらいつでも呼んでくださいね?」
「もういいから早く行け」

 眉間に深いしわを寄せたディーダにそんな言葉を貰い、一抹の不安を残しながらも私は中へと引っ込んだ。

 ◆◆◆

 何個目かを完成させて、ふぅと息を吐き伸びをした。
 窓の外を見ると、もう日が傾き始めている。夕ご飯の時間が近い。店もそろそろ閉める時間だ。

 腰を上げて店の方へと向かうと、会計カウンターの側の椅子に座って船漕ぎをしているディーダと、机にダルーンと覆いかぶさっているノインの姿が見えた。
 流石に勤勉な姿だとは言えないけれど、どうやら二人ともちゃんと抜け出さずにはいてくれたようだ。

 後ろから、「お疲れ様、二人とも」と声を掛けると、おそらく私の接近に全く気付いていなかったのだろう。

「ぅわぁっ?!」

 ビックリしたディーダが、大きく椅子のバランスを崩した。

 ガタンッと大きな音を立てて盛大に椅子ごと転び、その先にあった布の束に頭を強か打ち付ける。
 布ではあるが束にもなれば、それなりの硬度は持っている。両手で「くぅーっ」と頭を押さえて悶える彼は涙目で、恨めしそうに睨んでくる。

 たしかに同情したくなるほどの凄まじい転びようだったけれど、そもそも椅子で舟こぎをしていた彼が悪い。
 思わず目をぱちくりさせてしまった私だけれど、八つ当たりされてもどうにもできないとすぐに困り顔になる。

 と、会計カウンターに突っ伏したもう一つの黒頭が、物音に反応してか、モゾリと動いた。

「何……? 終わったの?」
「流石にまだ終わりません」

 たしかに二人が店番を代わってくれたお陰で、店のドアベルに作業を中断されずに済んだ。実作業時間の確保だけではなく集中力も増したように思うし、実際に昨日よりは確実に作業は進んだ。
 しかし店番は、今日代わってもらったばかりだ。流石にまだ全てを作り終わるまでには至らない。

 ノインが「なんだ。早く終わればいいのに」と面倒臭げに言うものだから、思わず苦笑してしまった。先程の様子を見るに、おそらく店番を買って出はしたものの、すぐに飽きてしまったのだろう。

 子どもの彼らが気分屋だったりこらえ性が無かったりする事は、特におかしな話でもない。
 それでもちゃんと我慢して最後まで最低限の仕事はしていたようだし、実は今日バイグルフさんがちょくちょく二人の様子を覗きにやってきていた。
 彼が特に問題にしていないのだから、おそらく大丈夫だったのだろう。

「先程バイグルフさんが『少し帰りが遅くなるから店じまいまでして帰ってくれ』と伝言を残して出られました。そろそろ閉店時間ですし、最後の作業をしましょうか」

 退屈な仕事が終わるのだから、二人にとっては朗報だろう。そう思って呼びかけたのに、何故か二人は揃って面倒臭そうな顔になる。
 まるでやる気が見られない。もしかして閉店作業さえ面倒くさいということなのだろうか。
 うーん、仕方がない。こうなれば、秘密兵器を出すしかない。

「帰ったらすぐに夕食の準備です。今日はお肉を安く売っていただけたので、晩御飯にはお肉があります」

 人差し指を立てながら暗に「片付けが遅くなればその分、お肉の時間が遠のきますよ?」と促せば、先にノインがガタリと椅子から立ちあがった。

 テキパキと、無言でカウンター回りを片付け始めた彼。一方ディーダは、こちらはこちらで珍しく、きちんと店の出入り口を使って外に出た。
 すぐに戻ってきた彼の手には、『営業中』の看板が。どうやら無事、閉店作業をやる気になってくれたらしい。

「おい、早くしろ」
「アンタがトロトロしてる分、肉を食べる時間が遅くなるんだからね」

 手のひらを返した二人の現金が可愛らしくて、私は思わずクスリと笑ってしまったのだった。

【各話リンク先】
第一話:https://note.com/rich_curlew460/n/n02b3af7df971
第二話:https://note.com/rich_curlew460/n/nc5a6a501aa1c
第三話:https://note.com/rich_curlew460/n/nf657217e33a7
第四話:https://note.com/rich_curlew460/n/n0bcd36a46767
第五話:https://note.com/rich_curlew460/n/n76ef05998ecb
第六話:https://note.com/rich_curlew460/n/n1da0c89af729
第七話:https://note.com/rich_curlew460/n/nd2f55ce8792d
第八話:https://note.com/rich_curlew460/n/n5b17d5a00e7f
第九話:https://note.com/rich_curlew460/n/n1d1b17ac74db
第十話:https://note.com/rich_curlew460/n/n508f3f9cf98a
第十一話:https://note.com/rich_curlew460/n/n68142bd1a7f9
第十二話:https://note.com/rich_curlew460/n/n20fe7909dbbb
第十三話:https://note.com/rich_curlew460/n/n629e515995eb
第十四話:https://note.com/rich_curlew460/n/n5f55eb566615(←Now!!)
第十五話:https://note.com/rich_curlew460/n/n3ba31d611423


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