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「どうせ現場を知らない国税庁のエリートが考えた事だからさ〜」

 先輩たちの紹介で間が開きましたが、税務署やだな〜と思って勤務開始してみたら、税務署の人たちが意外?と良い人達ですっかり前向きになってしまった僕の、その後の話です。
 最初の仕事は申告書の数字の入力でした。申告書は受理された後、申告書を処理する部門である第一部門で計算間違いがないかなど基本的なことを確認した後に第二、第三部門に回ってきます。第二、第三部門は調査をする部門なので申告書の見方も第一部門とは違っていて、調査に行くべき会社かどうかという視点で申告書を見ていきます。この申告書を見ながら調査先を選ぶ作業を「選定」というのですが、それまでは部門全員で手分けして何百という申告書を見ていき調査にいけそうな会社を選定をしていました。国税庁の偉い方は、それでは効率が悪いと考えたのか、あるいはそんな重要な作業を職人技で選ぶことに抵抗があったのか、いずれにしてもこれからの選定作業をデータに基づいて選ぶようにしたいということになったようです。それで、通常の申告書を読んで調査先を選ぶ選定作業と並行して、申告書のデータの入力を調査部門ですることになりました。申告書から特定の項目を選んで入力する単純な作業ですが、申告書自体はある意味で機密書類なのでバイトさんにはやらせにくかったのか、新人の僕が専門にすることになりました。先輩の指示に従って、申告書のいくつかの項目をパソコンに入力していきます。

 決められた項目を入力する単調な作業でしたので、それ程苦ではない作業でした。僕が、ふふんと適当に入力していると指導役のF上席がやってきました。
「こんなのやってもしょうがねえっぺ」と、その地方の方言で言って気ます。
「あ〜はい」
「どうせ現場を知らない国税庁のエリートが考えた事だから」
「はい」
「『代表者借入金』を入力してもな?これだけ入力してもしょうがないっぺ?横に妻の借入があんだからさー」
「はあ」
 言っていることの意味がよくわかりませんでしたが、新人はとりあえず相槌を打つしかありません。
Fさんは「お偉いさんが作ってもさ〜現実に合ってないって」と文句を言いながら、入力を手伝ってくれます。最初は「そうなのかな〜Fさん文句ばっかり言ってんな〜叩き上げはやっぱり国税庁のエリートが嫌いなのかな〜」と思って適当に話を合わせていましたが、その後色々経験するうちにFさんが正しい事が分かってきました。

 きっと国税庁のエリートが考えた事はこうです。会社が売上をごまかして、その売上金を社長が自分の財布に入れ続けると、翌月の仕入れに必要な資金が会社にはなくなってくるので、会社が社長から資金を借り入れたことにして現金を会社に戻す必要があるはずだと想定しました。そうすると、会社の経理上は社長からの借金である「代表者借入金」勘定が増えることになります。こうして脱税する企業は「代表者借入金」が増えるという想定です。代表者借入金が増えている会社は脱税をしている可能性が高いと想定しているわけです。
 でもこれは理論上の話です。実際は、そんな簡単ではない。中小企業は基本的に苦しい資金繰りの中で経営しているので、売上をごまかしていなくても資金繰りのために恒常的に社長が会社に自分の金を入れる、もっと簡単にいえば会社に支払う金がないので社長が立替えて仕入れ代金などを支払う状況が発生しています。まして、勘定科目としては「代表者借入金」もあれば、F上席の言うように「代表者の妻の借入金」もあるわけで、代表者の借入金だけ注目しても意味がありません。エリートはやはり、中小企業の実態をあまり分かっていないのかもしれません。
 実際、頑張ってデータ入力をしても、そのシステムは当初はほとんど機能しなかったと記憶しています。もちろん、国税庁のエリートが想定する項目は「代表者借入金」だけではなく、その後いろいろな想定により注目すべき勘定科目が選ばれて、調査する会社が選ばれていきましたが、どれもあまり成果が上がらなかったようです。上から「このやり方で選定しろ」と言われても数字が上がらなくて、現場の管理職が困っていました。
 調査選定は「この会社はどんな会社かな」と、いろんな想定、想像をしながら選んでいくので、単に特定の数字を見比べて選定するのは無理が合ったのかもしれません。

 でも、上のような理屈は当時新人の僕には理解できるはずもなく、要はF上席は僕と仲良くなるために僕の作業を手伝ってくれたのでした。僕とF上席は年齢も20歳くらい違うし、それまで都会の馬鹿大学生だった僕と、田舎の叩き上げの切れ者税務署員のFさんにはなんの共通性もありませんでしたが、共同作業を通じて少しずつ打ち解けていったのでした。
 何日か経つと
 「Fさん、昨日花火見ましたよ〜田舎の花火、すごいっすね〜『たまやー』って本当に言うんですね〜」
「田舎で悪かったなー」
 と冗談を言い合えるようになりました

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