自己紹介ができるほど、自分の事はわかっていない。
はじめまして。
ri_studio【りすたじお】です。
『輪廻転生、因縁、運命、徳、自分の身に起こることの全ては前世から続く因縁で作られていて、その因縁を断ち切るには今世でいかに人のタメに生きて行けるかにかかっている。』
幼い頃からそう教わって生きてきた。名前、部活動、進路、交際相手などは全て未来を予言されてきたし、その未来が不幸であれば徹底的に排除されてきた。
わたしは幼心に、それが一般の家庭とずれていることに気づいていた。それでも、母が喜ぶのであれば言う通りの道を歩んだし、手のかからない子供でいたつもりだった。
『やりたいことをやっていいよ』
中学校の部活を決めるときに一度だけ言われた。結果自分で選んで入部した部活では見事にハブられ、友達はゼロになった。
それを知った母に
『本当はその部活に入れてはいけないと言われていた』
と言われた時には、過去の因縁を浄化できるほど人に尽くしてこれなかった自分の愚かさを、憎んだりもした。
しかし、そんな私にも反抗期は訪れ、自由になるんだとゆう意気込みと同時に、自分の違和感に悩まされる事になった。
ー自分の事が自分でよくわからないー
好きなファッションブランドも、食べたい食べ物も、この子と仲良くしている理由も、この人と付き合ってる理由も、自分とゆう人間の趣味趣向が全くわからない。
人が喜ぶ選択、因縁の渦に巻き込まれない選択、これを続けてきたことで自分の心と会話ができなくなっていた。
そのまま形ばかりの反抗期を過ごした私は、誘われた友達と、誘いのままに遊び、その場の空気にぴったりのリアクションを取る事が得意なことに気がついた。一見うまく青春時代を過ごせていたつもりだったのだ。
しかし、自分で選択するとゆう思考を止めていたことで、何も記憶に残らなかった。
少し髪型を変えようものなら、友人なのかどうかの区別がつかない。
会話した内容も、自分が好きだと言った芸能人の名前も、遊びに出かけた場所も、一切思い出に残らなかった。
久しぶりに会う友人との会話はまったく弾まないし、覚えてないなんて失礼だと怒られたこともある。
そうこうしているうちに、同性で友人と呼べる人はいなくなり、異性にとっては都合のいい女のポジションを立派に確率していた。たくさんトラブルに巻き込まれたし、その度に気持ちをすり減らしていたけれど、それでも自分で選択することの方が何百倍も恐怖だと思っていた。
その後も、その時一緒にいた異性の言う通りの会社に就職し、16年働き続ける事になる。言われたことを忠実に実行する私に、OLとゆう仕事はとても性に合っていた。
16年経ったある日、ふと気持ちが立ち止まる出来事があった。
母が無信仰になったのだ。私は自分で自分と向き合うしかなくなった。これからの自分の身に起こるできごとの未来は、もう誰も教えてくれないんだ。
幸せな未来のタメの選択をしてくれる人が、急にいなくなり、ジャングルに放り込まれたような気分になった。
そうして、自分と向き合うことを避けてきた私は、ついに自分と対峙するときを迎えたのだった。
なにせ過去の思い出がほとんどないもので、それを思い出すことから始めた。その時本当は自分はどう感じていたのか、本当はどんな物が好きだったのか、当時の自分と気持ちの答え合わせをしながら、自分を知っていく作業を今も続けている。
改めて自分の気持ちと向き合うと、本当は傷ついていたことや苦しかった経験も受け止めなくてはならず、少々心を消耗した。
母は、自分のことを知る作業に、向き合う事ができなかった。見えない未来が、ただただとてつもない恐怖と不安として、母の心を蝕んでしまったんだと思う。
自由は、想像していた以上に強さが必要だった。
母の想像していた幸せな未来は、自分で選択していく未来の中にあったのに。
ごめんねお母さん。わたしが未来を見せてあげられたらよかったのかな。
あなたはこうゆう人間性ですよ。と誰かが言ってくれたら
あなたの夢はこれだよ。と教えてくれたら
あなたはこの人と一緒にいなさい。と縛ってくれたら
教えてもらう現実と未来に、希望はないんだ。
自己紹介文をかけるほど、わたしは自分のことをまだよく知らない。
けれど、一つだけ希望を言うのであれば、自己紹介文は自分で書かせてもらうことにする。
ri_sutadio
#自己紹介 #エッセイ
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