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第2章_#07_パリのマクドナルド〜初人種差別〜セーヌ河クルーズ〜安物のブーツと抗生物質

1994年12月。初めてのパリ。初日。

オルセー美術館で午前中から午後を過ごし、パリに留学中の2人の友人との待ち合わせ場所に向かう。マクドナルド、シャンゼリゼ通り店。そう、あのマクドナルドだ。

パリまで来てマクドナルド?まぁ確かにそうだが、分かりづらい場所で待ち合わせて巡り会えないと困るから、こういうベタな所がいいのだ。だって、当時は誰も携帯電話なんか持ってなかった。待ち合わせに失敗して永久に会えなかったとしても不思議ではなかった時代だ。

パリのマクドナルドは、黒を基調としたシックな外装。あれれ、黄色地に真っ赤な例のMマークじゃないぞ。予想を裏切られて面食らったが、フランスという国は美観を損なうものを決して許さない。便利であっても美しくないから街なかに自販機もない。だから、世界的に有名なロゴマークであっても、そのケバケバしさが景観を汚すのならば、躊躇なく美意識を優先し、遠慮なく自国流に変えてしまう。美しい街並みをキープするには、国をあげての努力とこだわりが欠かせないということだ。すこしは見習え、日本。

当時の写真が見つからなかったので、ネットで検索した写真を見て描いた。
私のかすかな記憶の中のそれとは少し違う気がする。
まぁ30年も前のことだもの、何度か改装されて今の姿に至るのだろう。

さて、シックなマクドナルドの入り口付近にはパリ留学中の友人・C美さんとD恵さんがすでに到着していた。

「わ〜、ひさしぶり〜!」
「元気だった〜?」
「どう?パリは?」

キャッキャと盛り上がっていたその時、店から出てきたひとりの老婦人がD恵さんにぶつかってしまった。Excusez-moi(御免なさい)と詫びをいうお上品マダムに、間髪入れずCe n’est pas grave!(お気になさらず!)とニッコリ返すD恵さん。

ひゃー!なに?カッコいい!!!!

いや、今ならそんなのはフランスに何日かいればすぐに口をついて出てくる程度の決まり文句だと分かる。しかし、初パリ&フランス語ビギナーの私には、こなれて見えたのだ。

マクドナルドには待ち合わせのみで入店せず、周辺をぶらぶらと散策。シャンゼリゼ大通りと言えば、テレビや雑誌のパリ特集には必ず登場するフランス屈指、いや世界屈指の観光スポット。記憶に残るあの景色の中に、いま、自分がいるなんて。もう、それだけで感動だ。

一本小道に入ったあたりだったか、いかにも観光客相手といった風情のビストロに入った。よれよれのトレーナーに色褪せたデニム姿の若い男性スタッフにテーブルまで案内される。フランスのカフェやビストロのスタッフといえば、白いシャツ、黒のベストとパンツ、真っ白な長いタブリエ(前掛け)をしているものと思い込んでいたので、その服装のカジュアルさに少し驚く。

ステーク・フリットだの、ブフ・ブルギニヨンだのといった定番のビストロ料理をそれぞれ選び、ワインをオーダーして、しばしお喋りに興じていると、スチールの籠に盛られたパンが運ばれてきた。

ん?

そのパン、直感的に、様子がおかしい。時間が経った不味そうなパンだと見ただけで分かる。一切れ手にとってみると、やはりカチカチ。これってなにかの間違い?こういう時って、お店に言っていいものなのか、そして、どう言ったらいいものなのか⋯えーとえーと、恐れ入りますが、このパンは古いのではありませんか?替えて頂けますか?⋯とかでいいのかな⋯?

まずは彼女らにお伺いを立ててみようと切り出した。
「ね、このパン、どういうこと?カチカチなんだけど。」
そこへ件のスタッフがワインを運んできた。するとD恵さん、ワインを置いてテーブルを離れようとするスタッフに向かって 速攻、”Ce pain n’est pas bon!” (このパンまずい!)。

するとスタッフ青年、詫びを入れるでもなく「ヘェ、パンの味が分かるのか?」あるいは「チェッ、面倒くせーな」とでも言いたげにフッと鼻で笑って不味いパンを下げ、無愛想に別のパン籠をテーブルにトンと置いていった。今度はちゃんとしたパン。ま、要するに、東洋人4人に対するイジリ。軽い人種差別のようなもの。

基本的にフランス人は職業意識が高いので、商店や飲食店でこんな目に遭うことはそうない。単に店選びを誤っただけ。が、人種差別主義者は必ずいるのもまた事実。表向きには人種差別は恥ずべき行為とされているが、外国人が嫌いという気持ちに蓋をすることはできない。

日本人はこういう場面に出くわしても、言葉が通じないからと尻込みする人が多い。(そもそも差別されている事に気付いてない人もいる。)

でも、この手の嫌がらせには声を上げるべき。身振り手振り&日本語でまくし立てるのでも構わない。D恵さんの「Ce pain n’est pas bon!」だって表現としてはかなり稚拙だが、それでいいのだ。事実、相手に抗議の気持ちは伝わったわけで、あの時なにも言わなかったら、古くて固いパンの悲しい食事になっていただろう。

さて、生まれて初めての人種差別という洗礼を受けた記念すべきディナーも終わり、セーヌ河クルーズに向かおうとビストロを後にした。夜になってますます寒くなっている。大判のストールをグルグルときつく巻いた。

ズキン。

あ、また、痛い。

そう、実は、昼間オルセー美術館を歩き回っていた時から左足のくるぶしに痛みを感じていた。ショートブーツの縫い目の硬いところが当たっているようなのだ。

私は基本、寒がりではなく、真冬でも東京でブーツを履くことはない。けれども「パリは石畳で足が冷えるから絶対にブーツがいいわよ」と友人にアドバイスされ、「そんなものかな?」と半信半疑で買った。でも選んだのは、どうせ旅が終われば要らないのだからとケチをして、ドクターマーチンのコピー商品みたいな安物。ここが敗因だった。

騙し騙し歩いていたが、昼間よりも確実に痛みは増している。
滞在初日でこれってマズイんじゃない?
かすかに嫌な予感。

「ヘックション!」

そしてここで、B子さんのくしゃみ。
「うう〜、なんだか、寒気がするのよね。」
ああ、またひとつ、かすかに嫌な予感⋯。

さて、セーヌ河クルーズに話を戻す。セーヌ河クルーズとは、遊覧船に乗ってパリの夜景を楽しむアクティビティ。有名なのは「バトー・ムーシュ」「バトー・パリジャン」「ヴデット・ド・パリ」の3つ。私たちが乗ったのは「バトー・パリジャン」。エッフェル塔のふもとのイエナ橋のたもとから乗船する。世界中からの観光客で満員だ。


ゆっくりと船は進む。ライトアップされた有名なモニュメントが次々と目の前に現れる。
なんて美しい!夢のような光景!!

⋯のはずなんだけど、

み、見づらい。窓際じゃないからというのもあるが、何というか、船の位置がかなり低くて、見づらい。
後で何かで読んだのだが、夜はセーヌの水位が下がるので、実際に昼間よりも低いところを進むらしい。
だから景色を充分に堪能したいなら、昼間か、夜ならデッキに出るのがオススメだそうだが、本当かな。
12月の夜のパリは極寒だから、デッキなんて出たら風邪を引いてしまう⋯

ハックション!!

またB子さんのくしゃみ。

ズキン!

そして私のくるぶしが痛む。

B子さんがくしゃみをすると、なぜか私のくるぶが痛む。意味不明な条件反射。
クルーズ船からの景色はイマイチ。2人の体調もイマイチ?
なんかパッとしない。海外旅行って、こういうものなんだろうか?モヤモヤしたままクルーズ終了。
滞在中にもう一回会おうと約束をして、C美さん、D恵さんと別れ、ホテルに戻る。

「あ〜、寒い、ゾクゾクするわ〜。」
B子さんはすでに鼻声。
「熱はないんですか?」
「今のところ、大丈夫みたい。」
「じゃあ、お風呂で温まって、お薬のんで、早く寝てください。」
「薬、ないわ。」
「え?持って来てないんですか?」
「薬なんて持ってきたことないわ。まぁ様子見て必要なら明日買うわ。」

なんということ!
どんなガイドブックにも風邪薬と胃腸薬は必携と書いてあるだろう!
高齢の義母でもそんなこと知ってて、抗生物質を持たせてくれたぞ!
明日買うなんて言ってるけど、今夜具合が悪くなったらどうするの?
もし寝込まれでもしたら!私の旅は台無しじゃないの!

「私、抗生物質持ってきてますから、それ飲んで寝てください。」
「あら?いいの?助かるわ。」
遠慮なくポイッと1錠飲んで、シャワーを浴びたB子さんはとっとと寝てしまった。

旅慣れた人ってああいうものなの?
モヤモヤとイライラが加速する。
あの抗生物質をぜんぶ飲まれたら、私は風邪もひけないというのに。
風呂に浸かりながら、痛むくるぶしをさすった。
あのブーツ、これ以上は履けないな、たぶん。
新しく靴を買うしかないのかな。ああ、もう、気が重い⋯。

できれば靴は予備を1足持って行った方がいいというのも、そのとき学んだ。

くるぶしの痛みも、B子さんの風邪も、朝が来たら嘘みたいにすっかり治っているといいなぁ⋯と奇跡を願いながらベッドに潜り込んだ。

奇跡は起こるのか?乞うご期待!À bientôt!

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