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アメリカの病理レジデンシー(解剖)

アメリカのレジデンシーが始まって3ヶ月が経ちました。病理のレジデンシープログラムの多くは2週間または1ヶ月ごとの区切りで外科病理、解剖、臨床病理のさまざまな分野をローテーションする方式を取っています。私は最初の2ヶ月間が解剖のローテーションだったので、ひたすら解剖だけをやっていました。スケジュールの都合上、毎年一人は解剖からスタートすることになるようで、チーフレジデントがよく気にかけて声をかけてくれましたが、私が思いのほか解剖を楽しんでいたので彼女も安心したようです。

日本では病理解剖と法医解剖は別の分野ですが、アメリカの病理には、日本でいう法医学(Forensics)が含まれます。病理のレジデンシーを終えた後この分野に進む人の多くは、フェローシップを終えてMedical examiner(監察医/検死官)になります。少数派ですが中には大学病院の解剖のアテンディングとして病理解剖を行っている人もいます。私がいるプログラムの病院では、解剖数が年間約400件とかなり多く、2人のForensics出身のアテンディングがレジデントを指導してくれています。2人とも知識が豊富で、特に一人のアテンディングは一緒に解剖をしながらシャワーのように知識を与えてくれるので、どんどん新しいことを吸収できて楽しかったです。ただし早口すぎてアメリカ人の同僚でさえたまに聞き取るのが難しいと言っていました(笑) Forensicsで働いていた上級医は解剖の経験数が圧倒的に多いので、肉眼観察や手技が上手くて感動します。日本の1年間の研修でも解剖は少し経験させてもらっていましたが、まだまだ経験数が足りなかったので、短期間で20例以上解剖するのはとても良いトレーニングになりました。

レジデントは基本的には技師のスタッフと2人で臓器を取り出し、その後1人で臓器を切り、所見を取ります。私の病院では臓器と血管が繋がった状態で一気に取り出す方法(en bloc)と、一つ一つ取り出す方法(organ by organ)を両方練習しました。たまにアテンディングが見にくるので、その時に見つけた所見を報告して疑問があれば質問します。その後48時間以内にpreliminaryの報告書をまとめて提出します。さらに組織のスライドが数日〜1週間程度で届くので、それを見てFinal anatomical diagnosis(最終報告書)を書き、大体1ヶ月以内にアテンディングに提出します。


2ヶ月間で珍しい解剖例をいくつか経験することができました。印象に残っているのは、腹痛で来院した50代男性で、胆管炎としてERCPをしたが処置後に出血が止まらず、緊急で開腹したところ臓器が全体的に腫大し至る所から出血が見られ、救命できなかったという症例です。解剖では開けた途端にアテンディングが典型的なアミロイドーシスの肉眼初見だと教えてくれました。殆どの臓器にアミロイドが沈着していて、特に肝臓は組織学的に見るとほぼ正常な肝細胞が残存しておらず、coagulopathyの原因と考えられました。

また、DKAで入院して胃管を入れたが敗血症性ショックになり救命できなかったという症例では、臨床的には胃穿孔が疑われていましたが、解剖したところ食道の粘膜に変化があり、アテンディングがDKAの稀な合併症に食道壊死がある、おそらくEG junctionが穿孔したのだろうと教えてくれました。何例経験すればそんな稀な合併症をすぐに診断できるのか私には想像もつきませんが・・・実際に組織を作って見てみると食道壁は壊死していました。

また、小児の複雑な心奇形術後、静脈奇形、多臓器のmalformationがある症例も担当することになり、正確に所見をまとめるのに苦労しましたが、良いフィードバックをもらうことができて嬉しかったです。アメリカに来てからの初めてのローテーションで、日本と勝手が違って戸惑うこともありましたが、自分にとってはまず一つ小さな達成です。

さて、Final anatomical diagnosis(最終報告書)では、死因(Cause of death)について論理的に説明し、また臨床的に疑問になっていたことについて考察します。原因と結果の因果関係が明らかな場合には簡単なのですが、そうでない場合には、それがどのくらい尤もらしいのか引用文献を含めて考察する必要があるので、時間がかかります。解剖が多く入ると忙しくなり、報告書がどんどん溜まっていきますが、臨床医や患者が読んだときに説得力のある報告書にするため、できるだけ納得いくものに仕上げてから提出するようにしていました。

少しわかりづらいので、透析中に心肺停止になった解剖例を具体例として挙げます。この症例では、解剖時に静脈側の透析カテーテルの中に血栓が見つかり、同じくらいの径の血栓が右肺のlobar artery(比較的径の大きいbranch)の一つに見つかりました。これだけでPEの証拠としては十分と考えられますが、次にこれが今回の心肺停止の原因として説明可能かを考えます。健康な人がPEで突然心肺停止に至る場合、通常massiveな血栓が太い肺動脈に詰まっているので、今回のような肺動脈の枝に細い血栓が詰まっただけでは死因にはなりづらいと考えられます。しかし、元々心不全やCOPDなどの肺血管抵抗が上昇するような基礎疾患を持っている場合には、小さい血栓で突然心肺停止になることがあります。そのようなことがどのくらいの割合で起きるのか、また透析カテーテルの血栓でPEになることはどのくらいあり得るのか、などについてできるだけデータを見つけて報告書に記載します。今回の症例の場合は解剖時の心不全やCOPDの程度について考察し、臨床所見とも併せて、透析カテーテルの静脈血栓が死因になった可能性が高いと結論づけました。

解剖のローテーションが終わってしまい、ちょっぴり寂しいですが、外科病理のローテの間にもたまに胎児解剖をやる機会があるのと、来年以降、今度はNYのOCME(Office of Chief Medical Examiner)で法医解剖のローテがあるので、今からとても楽しみです。9月からは外科病理のローテーションが始まり、また一から新しい業務を覚えて最近だいぶ慣れてきたところです。(写真は解剖ローテの時のレジデントルームからの景色です。)今のローテーションや、NYで訪れた場所などについてもまた記事にできたらと思います。

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