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はぐれ者万歳 ー『コンビニ人間』を読んでー

(読んでからしばらく時間が経つとあんなに鮮烈だった気持ちもすぐ薄れちゃいますね、すぐに言語化することって本当に大事)

またまた私が尊敬するゆぴさんの記事(著書)から惹かれものの一つです。

タイトル自体は以前から知っていました。何せ芥川賞受賞作品ですからね。しかし8年前の2016年とは思いもしませんでした…時間経つのあっという間すぎる。

後は書店で見つけた時の奇抜なデザインも目を引きますよね。「ジャケ買い」なんて言葉が浸透している世の中ですから、店頭に並ぶあの何とも言えない前衛的なモニュメントに興味を示して買った方も多いはず。

出典は金氏徹平さんの『溶け出す都市、空白の森』から『Tower』という作品とのこと。

他の作品もそうですが、都市部の閑静な住宅街にポツンとある小さなドアから行くことが出来る、現実にありそうで無い世界のような様相を呈していますね。

『Tower』についても無機質な角柱(透明で角張った見た目の店舗)からバラエティー豊かな様々な道具(商品)が飛び出ている様子がコンビニを表しているのかなと思いました。
何やら怪しいもの(爆発?レーザーガン?)が飛び交っているのが物語が時折見せる不穏さも醸し出していますね。

生まれた頃から悪ガキで(至って真面目)

この物語の面白さが「主人公がピュアなのにとんでもなくクレイジー」な所だと思います。

喧嘩を仲裁するためにスコップを持ち出して同級生男子の頭に殴り掛かったり、泣き止まない妹の赤子を見つめて黙らせるためにナイフに目が行ったり…いわゆる頭のネジが1本抜けたような性格です。

しかし本人としては悪意があって行っているのではなく、あくまでフラットな気持ちで行っているというのが興味深いところ。

成長とともにその兆候が収まることも無く、両親と妹はカウンセリングを受けさせるなどして何とかしようとするも暖簾に腕押しな状態。

結果就活も上手く行かず、大学時代に天職として見つけたコンビニのアルバイト(立場の違う者も等しく均一化される、周囲に合わせてマニュアル通りに働けば評価される仕事)を何と18年も続けてアラフォーを迎えるのです。

本来、独り立ちした子どもからの「変わらず元気でやっている」という報告は嬉しいはずです。しかし、ずっとコンビニという過酷な肉体労働のアルバイトとして働いている上に、男の匂いも感じないという状況であれば素直に喜べないですよね。

妹もまた苦労人です。友人や職場での付き合いで困ったことにならないように「どうしてこのような状況にあるのか」の言い訳を考えてあげる献身っぷり。しまいには娘にナイフを突き付けられるかもしれない世界線もあった訳ですから、泣きたくもなりますよ…

幼少期から親類に心配を掛けまくってきた彼女ですが、彼らの努力の甲斐あって現代社会の一員らしく大衆の一員として波風立てずに生きようとしている所もかなり特徴的です。

自分がクレイジーだと全く感じていないのはずっと変わらないのですが、異端な価値観が根底にある普通の人間を演じています。

しかしひょんな事から今までの平穏な日々が破壊され、普通の価値観の普通の人間として扱われるのです。

周囲の人たちも違和感こそあれども敢えて突っ込みはしませんでした。妹の助けがあって「やむにやまれぬ都合がある人」という評価をされていたからです。(普通の人間として接してもらっているのに内心では異端な存在だと思われているなんて知ったら普通の人は立ち直れないと思いますけどね)

しかし平穏な日々の中にある「歪み」(同年代のパーティ、社会不適合者の元同僚との邂逅)によって異端な価値観が剥がされ、普通の価値観が顔を出した途端に周囲が色めき立つ。

物語全体がそうですが、この作品は現代社会の私人関係をリアルに鮮明に映し出しているとおもいます。
(面白すぎて仕事で疲れてるはずなのに深夜に2時間以上ぶっ通しで読破してしまいましたもん…次の日の仕事はめでたくご臨終でした本当にありがとうございました)

自分では普通の人間だと思って疑わないのに、周囲からの付き合いの変化によって自分のマニュアル通りに行かない。それが故に疲れを感じることが多くなり摩耗していく。

しかし自分の根底にある異端な価値観にも気付いていないから、何故周囲が変わった態度を取ってくるのかは上手く言語化できず消化不良を起こしている。

当の本人だったらと考えると複雑かつ解決困難過ぎて恐ろしい状況ですね。

この複雑な心理状況が現代の人々の境遇とマッチして刺さるからこそのブレイクなのかなぁとも思いますね。そしてその状況は今後も更に深刻化するだろうから、きっと永く語り継がれていくでしょう。

マジョリティーに収まらない決断

そんな悶々とした思いに苛まれながら、彼女は境遇を大きく変え多数派に取り込まれる決断を余儀なくされそうになります。

そんな時に彼女の目を覚まし、救いとなったのが、彼女が寝る時にも夢に出てくるほどに平穏を感じる「コンビニ」での一幕でした。

2016年の当時はまだこの考え方は今ほど浸透していなかったと思いますが
「激務の中で自分の生きがいを見失いそうになりながらも、推しの活躍を見て我に返り明日からも生きる活力を得る」
という(私が体験したことのある)現代人らしい価値観が、この場面では現れていると感じました。

結局人は何か縋るものが無いと生きていけない弱い生き物です。仕事に生きている人だって仕事に縋っている訳ですからね。

しかし大衆化した方が(付き合いなど)後々のことを考えると楽ではあるはずなのに、普通の価値観からするとマイノリティーに向かっていく決断をするというのが、彼女の異端な価値観が不変のものであるという事を表していると思いますね。

しかし、そんな普通の価値観に当てはまると言える推しとの出会いによって自我を取り戻す事となったので、やはり何かしら彼女の中にも普通の価値観が浸透して変化しているのだと思います。

まぁ人生における大きな山を越えたので、彼女は死ぬまで『コンビニ人間』として生きていくんでしょうね…

どんなに周囲からの圧力が強かったり、大きな変化に直面したりしようとも、自分の中にある「失ってはいけないもの」は大事に慈しんで墓まで持っていきたいものです。

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