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「もうろうをいきる」上映会

去年の夏に公開になったドキュメンタリー映画「もうろうをいきる」。近所で上映会&監督のお話があるという情報を公民館だよりで入手して、万難を排して出かけた(万難というか、子守りを夫にお願いして、だけど)。

この映像作品は、主に7人の盲ろう者とその家族・支援者の日常を切り取ったものとして構成されている。

聾ベースの盲ろう者も何人か登場した。こうした人たちは、口話が得意ではないので、見れば(聞けば)わかる。彼らは手話を主に使う。そして、支援者は触手話でコミュニケーションを取る。とはいえ、支援者が手話ができなければ、手に文字を書いたりもする。

弱視難聴で、音声情報を頼りにしている「盲ベース」の人もいた。彼が見えないことは白杖や色の付いためがね、支援者に掴まって歩いていることで可視化されているが、聞こえにくいことは画面からはわからない。

それから、有名な福島智さん。盲ろう者ではじめて大学に入り、現在は東大の教授をしている福島さんは、もともと健常者として産まれ、全盲になり、のちに聴覚を失っているので、本当によく喋っていた。彼と彼の支援者が考案した「指点字」はよくできたシステムだと本当に思う。タイプライターのように6本の指を打つことで、点字(かな)の文字情報として情報を入れることができる。

それから、言語習得前から盲ろうであると、コミュニケーションの手段がないということを示す当事者の例も。

これらの差を見るだけでも、勉強になる。

淡々と日常を切り取ったようで、解説を聞くまでもなく、盲ろう者がさまざまなコミュニケーションの手段を持っていること、それが人によって違うこと。支援者が必要ではあるが、何もできないわけではないこと(毎日の家事をしているシーンの「ふつう」さがすごかった)。できることはあるが、それが就業にはつながらないことや、うまく仕事ができている人もいること。

もちろん、この映画は監督も語っていたように、日本に1万人以上いるとされる聴覚・視覚の重複障害で身体障害者手帳を持っている人のほんの一部だ。それも、1000人ほどしか盲ろう者協会が把握していない、というのだから、その特別にアクティブな1000人のうち、もっともアクティブなグループに属している人たちだったろう。

ろう者として手話を習得していて、視野が狭くなっていく病気(アッシャー症候群だろうか。盲ろうというのは、アッシャー症候群だったり、母体内での麻疹への感染だったりという原因が知られていて、案外ろうの人と関わっていると縁遠くない障害なのだ)を煩っている川口さんが、目が見えなくなる前にいまのうちにいろんなものを見ておこうと思っている、という話をされていたのが、印象に残った。(私自身、祖母が晩年はほとんど聞こえてなかったし、祖父は見えなくなっていたので、自分が、どっちか、あるいはどちらもの可能性を持っていることを思い出すのだ。)

そのあとのシーンで「聞こえる人として産まれたかった」「聞こえる人に生まれ変わりたい」と彼女が発言するのを、通訳者の方が泣き出してしまうというシーンがある。このシーン「よく撮れたな」というのと「よく映画に入れられたな」という感想を持った。通訳者というのは、こうした場面で感情を表に出さない黒子に徹することが求められる仕事だ。手話通訳を養成している私のろう者の先生たちは「悪い例」として扱うだろうなと思った。もし自分の仲間の通訳者がこのシーンを撮られてしまったら、映画に入れることを拒否するだろう。しかし、「ろう者」についての理解が薄い人々に対しては、説得力のあるシーンになるかもしれないから、として入れることを承諾するかもしれない。画面の中の手話通訳者は「そんなこと言う人に、はじめて会ったからびっくりして」と言った。

日本手話を学ぶとき、私たちは、「ろう文化」について「それは聴者の文化とは別個の、だいじな文化だ」と教わる。「見えない人は、見えるようになりたい、車が運転してみたかった、と言うかもしれないが、私はろう者としてろう文化のなかで生きていることを誇りに思う」といった発言を学ぶ。

これはある意味で、健常者の私たちに向けて放たれた「同情したり、哀れんだりするんじゃないよ」というメッセージだと捉えてきた。彼らを尊重すること。私が手話研究でもっとも重視していることでもある。まあ、私なぞは学ぶことばかりで、尊重しようと人工的にがんばらなくてもいいという楽な立場ではあるんだけれど。薄給、無給のボランティアとしてろう者に向き合う人々はやはり「施し」といった意識がある人はあるだろうなと思う。福祉の発想は「やさしくありたい」みたいな感じだからだ。

しかし、「聞こえる人として産まれたかった」は、別の次元にあるなと思った。「ろう文化を尊重しなさい」というメッセージは、1990年代に起こった「ろう文化宣言」に集約されるものである。その前にはやはり、ろうあ運動といって、「我々を助けてくれる人が必要です」という運動があって、差別をやめてくれといいつつも、無償のボランティアとしての手話奉仕員を求めてきた歴史がある。それは障害者がもっと差別されていた時代背景を知れば当然のメッセージなのだが、彼女の「聞こえる人として産まれたかった」は、そこへの回帰というわけではない。奈良から上京してきて、会社の人事部ではたらき、手話を同僚に教えたりしながら、歌舞伎や映画といった洒脱な趣味をたしなむ。その彼女がそう言うのだから、意味のあるメッセージになるのだ。というか、意味のあるメッセージとして受け止めなければならないのかなあ、と思った。まあ、現時点では、私の感想はことばにしてしまえば、「ひとりひとりの感じ方は違うというのを忘れてはならないなあ」といった、至極当たり前の範囲にとどまるのだけれども。昔はその「ひとりひとりの感じ方」を尊重するのではなく、まとまって一つの意見に集約することに価値を見いだしていたのだなとわかる。

福島智さんが、生命維持そのものは、比較的なんとかできる。だからこれまで日本の福祉制度の中では注目をうけなかった。けれども、ただ生物学的に生きてるだけではダメ。見ると聞くがないと、コミュニケーションが剥奪されていて牢屋の中に入っているようだ。と語る。

彼の本を読んだとき、健康維持のため、ひとりでトレーニング用のエアロバイクに乗っているという話があったのを覚えている。彼はブタのようだ、と言っていたのではなかったか。「わたし」の周りの境界線が、私の身体のすぐ外側にあって、そしてそこに閉じ込められているというイメージ。

1万4000人、あるいは2万人。そのうち1000人しか盲ろう者協会で把握されていない。残りの1万人以上の人たちはどうやって生きているのだろうか。

津久井やまゆり園の事件について、少し触れられていたけれど、「生きること」はそれだけで、選択する価値がある、というのは、なかなか難しいことだなと思った。「人の命を奪うべきではない」ことはわかるが、生きることそれ自体は、誰にとっても結構、難しい。その「生」に向き合う力強さを映画で表現したものなのかなと思った。

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それにしても、西原監督は、私より若い。そして盲ろう者の映画を作ろうと取材をはじめて、1年足らずで映画を作った。おそらく関係者のバックアップや「バランスよく」といったオーダーや、さまざまな思惑のバランスを取って、90分という枠にうまく収めて作品を作った。そういう意味では、彼自身のまなざしは、かなり客観的な「おどろき」や「感心」だったのだろうと思う。実際、そうしたメッセージ性の強い映画だと思った。だから、私がろう者について知りたいと思い始めて、飛び込んだ初期の頃の視点を思い出させてくれた。おそらく、彼は「盲ろう」というテーマについて、ずっとそれだけを追いかけていくということはないだろう。「みんなが知らないことを知り、それを映画という芸術形態を通して知らせること」が自分の使命だと語っていた。それは、私が研究者としてやろうとしていることと、共通するところがあって、純粋に同じラインで「なんと、1年足らずでここまでまとめられるとはすごいリサーチ力」とか思うわけなのだが。でも、似て非なるさまざまな社会問題に取り組んで行かれる人なのだろうなと思った。それでもぜひ、また「盲ろう」であったり「ろう」であったり「盲」であったりをテーマにもっと掘り下げた映画を撮っていただきたい、と思った。なにより彼らの生活のほんの一部しかまだ、見えていない。

「教育」について考えたいという話があった。そして、アフターセッションで、肢体不自由の方が「特別支援学校は牢屋のようだった。特別な施設を作るのには反対だ」と宣言しておられた。

ろう者といっしょに研究をしている立場から言えば、コミュニケーション形態が異なる「ろう者」には特別支援学校(聾学校)は必要だ。先生にも特別なコミュニケーション手段を身につけて貰うことが、教育の保障という意味ではとても重要だ。手話というコミュニケーション形態を共有する集団でコミュニケーションの経験を豊かに育つことが、心の発達にもよい影響をもたらすだろう。

実は、「障害者」とひとくくりにされるが、それぞれのニーズは本当にさまざまだ。「分離」ではなく「統合教育」が叫ばれて久しいが、世界ろう連盟は「ろう児には手話を使って自由にコミュニケーションができる場としての聾学校は重要」ということを言ったりしていた。昨今は、人工内耳の普及もあって、世界的に、統合教育環境で、どうやってろう児にコミュニケーションの経験と情報を保障していくかについて考えられている。先天的な盲ろう児についても、専門家の養成が必要だろう。とはいえ、本当にそうした子どもは少ないので、確かに一所に集めるという分離教育が効率的だと考える人はいるかもしれない。ただ、地元に専門の支援者がいれば(あるいは派遣されてくれば)それが理想的だろう。「コミュニケーションの経験」を重ねるためにどうするかについてはもっと議論が必要だ。

話が長くなってきてしまったな。

ろう者に関わる人も、ぜひこの映画、おすすめしたい。手話の研究や、何らかの支援について言うと「盲ろう者はどうしたらいいんだ」とか、「盲人はろう者とどうやってコミュニケーションとればいいんだ」とかいきなり聞かれたりする。「ろう者」はろう者だけで、様々な問題があるのに、ひとくくりにするのも違和感はあるのだが、知らないではいられない。

しかしなにより、これまで「盲ろう」について想像をしたこともなかった人びとに、見てもらいたい映画であった。

もうろうをいきる公式サイト
http://mourouwoikiru.com/

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Rのポスドク手話/言語学研究者。3歳児の連れ。こちらには長めの文章を書いたものをとりあえず集めておきます。
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