神様なんて大嫌い。

ピピピ…ピピピ…ピピピ…
 「んぅ…」
いつもだったらこの忌まわしいアラーム音をすぐにでも止めて、再び眠りつくが今日はそうもいかない。
今日は大事な大事な約束があるのだ。寝ぼけ目を擦りながら大きな欠伸をする。
 「はぁ…さむっ」
毛布に包まったまま、部屋の中央にある灯油ストーブをつける。ストーブの前で毛布に包まれたまま座り込み、眼を瞑る。
あーダメダメ。このままじゃ寝ちゃう。
 「うぅー」と呻き声に近い声を上げながら、毛布を剥ぐ。
 「よしっ」と意気込んで自室を出て、洗面台へ向かう。
シャワーを浴び、髪を乾かし、顔パックをする。
その間にゼリー飲料で腹の虫を宥める。
気合を入れ、メイクをする。可愛くなれ、私。
メイクを終え、昨日のうちに用意していた洋服に着替える。
棚に綺麗に並べられた香水に眼を向ける。オレンジの香りを手に取り、それプシュッとひと押し。シトラス調の香りに包まれる。
 「よし、行こう」
小さめの鞄を持ち、玄関へ。
リビングにいる母に「いってきまーす」とひと声掛け家を出る。
駅まで小走りで向かう。寒さに肌が凍てつきそうになる。
駅につき、ホームで電車を待っている時ずっと「はぁー」と息を吐いて手を温めていた。
「東北新幹線 はやぶさ 仙台行き まもなく到着いたします」
アナウンスが流れる。電車がやってきた。扉が開き、乗り込む。
自分の席を見つけ座る。
仙台までは約二時間で着く。ワイヤレスイヤホンをつけ、電車の窓から外を眺める。
仙台に近づくにつれて、景色が白く染まっていく。
首から下げていたカメラで一枚、パシャりとする。
 『仙台駅 お昼集合ね!』と送られてきたメッセージに犬がサムズアップしているスタンプで返信した。
『意外と積もったね』とメッセージを送ろうとして、打ちかけのままカバンにしまう。
約二時間の小旅を終え、仙台駅に到着する。
 『着いたよ』と送る。
改札を抜け、待ち合わせ場所に向かう。
メッセージで写真付きで『ここにいるよー!』と送られてきた。可愛い。
写真を保存し『向かうね』と送る。
待ち合わせ場所に向かうと、鼻を赤くした彼女が待っていた。
小走りで駆け寄る。
 「あいり、お待たせ」
声に気づいた彼女がこちらに笑顔を向けてくる。
 「みうー!久しぶり!!」
子供のようにはしゃぎ、大きな声で名前を呼ぶので少し恥ずかしくなった。けれども、彼女の嬉しそうな姿を見て、そんな恥ずかしさすら愛おしく思えた。
 「寒かったでしょ?はいこれ」
私は待ち合わせ場所に向かう途中で買ったホットミルクティーを彼女に渡す。
 「大丈夫だよ!あ!ミルクティー!ありがとね」
そう言ってまたも嬉しそうに笑う彼女を見て抱きしめたくなった。
 「あんまり冷えると体に良くないからどっかお店入ろうっか」
 「うん、そうしよ!」
彼女が行きたいところがあるみたいでそこに向かって歩く。
手を繋ぎたいが久しく会っていなかったためか変に緊張してしまう。
 「あいり、体の方はどう?」
 「いい感じだよー、最近はずっと調子いい!」
 「やっぱり仙台に引っ越してからいい感じなの?」
 「そう!空気澄んでるし過ごしやすいよ」
 「そっか、早く治るといいね」
私の彼女のあいりは重い病を患っている。病名は聞いていない。というより聞けない。怖くて聞けなっかた。
きっとあいりは何か隠している。ずっと一緒にいたからわかる。
本人は治ると言っているが本当にそうなのか?
病名を聞いて、それについて調べて病気について詳しくなって真実を知ってしまうのが怖かった。
 「みうは最近何してるのー?」
 「最近?冬休みの課題かな」
 「課題かぁ…みんな元気?」
 「あーうん元気元気」
 「ねぇなんか適当」
あいりがくすりと笑う。
 「みんなと仲良くしなよー」
 「私そういう柄じゃないから」
自嘲気味に言う。
あいりは同じ高校に通っていたが療養のために高校を辞め、仙台に引っ越した。
その後は通信の高校に編入し療養に専念している。
あいりの引越しが決まってクラスのみんなは寂しそうにしていた。泣いてる子もいたな。
私は泣かなかったけど。嘘。家で独りで泣いた。その後は一週間くらいは泣きじゃくって、学校を休んだ。クラスの奴らは好きでも嫌いでもないが、お別れの時にあいりにベタベタする奴らが多くて見ていられなかった。教室を飛び出して、体育館倉庫でサボっていたな。
その後は確か、あいりに見つかって怒られたっけな。
懐かしい。
 「みうー?ぼーっとしてどうしたの?具合悪い?」
 「え、あごめん、昔のこと思い出してさ」
過去に耽るあまり心配させてしまった。
 「昔のこと?」
 「うん、お別れの時のこと思い出して」
 「みんな泣いてくれたよね、懐かしいな」
みんなのことなんていいから、私のこと言ってよ。
 「そうだったね。あいりは人気者だから」
そう。あいりは人気者でみんなのアイドル。そんなあいりは私の彼女。
 「みうもでしょ」
 「は、そんなことない。絶対ない」
 「そうかな?」
 「そうだよ」
 「みうこんなにやさしくて可愛いのに」
 「ちょ…何急に」
 「…久しぶりに会ったらつい…」
言った本人が照れないでよ。こっちまでどんな顔したらいいかわかんないよ。
 「…あいりも可愛いよ」
 「へへへ、ありがと」
照れくさそうに笑う。咄嗟に持っていたカメラで写真を撮る。
 「あ!今撮ったでしょ!」
 「可愛かったから」
 「恥ずかしい…可愛く撮れてる?」
 「うん、可愛いよ。てか、あいりならいつ撮られたって可愛いでしょ」
 「揶揄わないでよ」
揶揄ってなんかないよ。本当のこと。
そんなやりとりをしていると目的の場所へと着く。
あいりと私はカフェに入り、各々注文する。
あいりはいちごの乗ったフレンチトーストとホットカフェオレ。
私はオムライスとホットロイヤルミルクティーにした。
それから注文したホットドリンクが冷めるまで話をした。

 「結構話しちゃったね」そう言ってはにかむあいり。
 「だね、そろそろ帰ろっか?」本当はまだ一緒に居たいが、あいりの身体を優先して提案する。
 「…あのね、実はまだ行きたいところがあって…」
お、まさかそっちからくるとは思ってなかった。
 「そうなの!それなら、行こうか。あ、でもあいり身体は大丈夫?」
まだ居たい気持ちが先走ってしまいそになるのを我慢しながら、聞く。
 「うん!身体は全然へーき!」
そう言って、あいりはボディービルダーがしてそうなポーズをする。
 「じゃあ行こう。私もまだ一緒にいたいし。でも辛かったら言いなよ」
あいりの頭にポンッと手を置く。
頬を少し赤るあいり。自分のした行いと言動の恥ずかしさに気づく。
 「あ…ご、ごめん」恥ずかしさに手をサッと退ける。
 「い、いいよ!嬉しかったし…みうも一緒に居たいって思ってくれてて良かった」
照れ笑いをむけてくるあいりに思わず胸が高鳴る。ああ、可愛いな。ずっとこうして一緒に居たい。
 「で、どこ行きたいの?」
 「んーとね」といい、スマホで調べるあいり。
数秒後、「ここ!」と言って画面を見せてくる。 
どうやら、仙台で有名なイルミネーションらしい。私はあまりそういうことに詳しくないので、知らなかったがあいり曰く人気のイルミネーションらしくずっと気になっていたらしい。
断る理由もないし、といううよりむしろあいりとなら行きたい。
ので、即了承した。
 「いいね、いこ!」そう言うと嬉しそうにはにかむあいり。その可愛さに胸を撃たれ「うぐっ」と変な声を出してしまう。
それに反応したあいりが「みう!?どこか具合悪いの?!」と顔を覗き込んでくる。
私は咄嗟に「違うよ!!あいりが可愛くて変な声でたの」と言いあいりに弁明する。
あいりはほっと胸をなでおろす。
 「よかった…みうも病気なのかと思った…」
「勘違いさせてごめんね」
 「いいよ!みうが元気ならなんでもいいんだ」
 「心配してくれたんだ」
 「当たり前でしょ!好きなんだもん」
そう言って少し頬を赤らめ、口を尖らせるあいり。
可愛いな。その唇にキスしたい。
 「そっかそっか、ありがとね」
でもね、あいり。私はアンタと一緒にいられるなら病気でもなんでもなりたい。アンタと死ねるなら何だって受け入れる。
それから街の中を軽く散策しつつ、目的地へ歩を進める。
 「あ!ここだよみう!」
 「あいり!そんな走ったら危ないよ」
そう言った矢先、あいりが転びそうになる。私はすぐに駆け寄りあいりの手を掴んだ。
 「ほら、言ったでしょ」
 「えへへ、ありがと」楽しそうに笑うあいり。
 「危ないから、手繋ごう」
 「うん!繋ぐ!」
へへへとにやけるあいり。あいりは顔に出やすいな。
かくいう私も顔に出てないだろうか。出てたら恥ずかしい。表情筋を引き締めてにやけを抑える。これで大丈夫だろう。
 「わあ、綺麗だね…」
そう言って見上げるあいり。その横顔を横目で見ながら「そうだね」と呟く。
私も見上げる。キラキラしていてまるで別世界。このまま、あいりと別世界へ行って、何事もなく、あいりの病気も無くって、それでそのまま普通に平和に過ごしたい。
そんな事叶わないのは分かっているけれど、望んでしまう。
 「ね!雪!雪だよ!」
気が付いたら雪がちらちらと降り始めていた。
 「本当だ、雪だ。やっぱり降ってきたね」
 「雪、綺麗だね」鼻の先を赤くしたあいりが笑う。
 「だね」私は笑い返す。
 「でも、やっぱり寒いね」嬉しそうに笑っている。
 「え!?みうどうしたの!?」あいりが目を丸くして訪ねてくる。
 「え、なにが」聞き返す。
 「なにがって、みう泣いてるよ?」
あいりに言われて気が付いた。私は知らないうちに泣いていた。
 「え、あ、なんでだろ」右手で涙をふき取り、笑顔を作る。
 「みう、大丈夫?なんかあったの?」あいりが心配した目をして問う。
 「んー、いや、なんもないよ。ただ、寂しかったから。あいりに会えてほっとしたのかな」私は照れ臭くなり、目線を下に外しながら言う。
 「いつでも連絡してくれてよかったのに」あいりは口を尖らせて言う。
 「はは、でもあいり大変そうだったし、声聞いたら会いたくなちゃうと思って」だから、私はあまり連絡を取らなかった。私の方からは滅多にメッセージを送ることはなく、あいりからがほとんどだった。
 「私も寂しかった。みう、全然連絡くれないし、送ってもすぐ話終わっちゃうし、私嫌われたのかと思ったりしたんだよ。病気患って、そんな子邪魔でいらなくなっちゃたのかななんて思ったり…」
 「そんなことない!!」私は自分でも吃驚するくらい大きな声で否定する。周りの視線がこちらへと向いているのが痛いほどわかる。
あいりが私の大きな声に少し身体をビクつかせる。
 「あ、ごめん大きな声出して。でも勘違いしないで、あいりが病気だからとか関係ないから。どんなあいりだって好きだし、受け入れる。何があったって、あいりを嫌いになることなんてないし、忘れないから」
注目の目は向けられたまま私は言う。気にせずに私は続ける。
 「私、あいりのこと愛してるから。だから、そんなこと思わないで」
涙が出てくる。人前で泣くなんて大嫌いなはずなのに。止まらない。
 「みう…私も、みうのこと愛してる!だから、本当に今日会えて嬉しい」
あいりもつられて泣き出す。たまらなくなった私はあいりを抱きしめる。
温かい。あいりの温もり。心地いい。ずっとこうしていられればどれだけ幸せだっただろうか。
今の私にはわからない。
 「泣いたからお互い顔ぐちゃぐちゃだね」あいりがそう言って笑う。
 「ふふ、でも可愛いよ」涙で張り付いたあいりの髪をそっとよける。
 「へへ、ありがと」まだ少し涙ぐんだあいりが照れ臭そうに微笑む。
私はそんなあいりに思わずキスする。
突然のことに驚くあいり。
 「ごめん、嫌だった?」
心配して聞くと「嫌じゃやないよ!そ、その久しぶりだったし、急だったから緊張して」
あーもう可愛いな。
私はたまらずもう一度キスをする。人目を憚らずこんなところでキスをするなんて、普段の私じゃ考えられないが今日はそういう日なのだ。
それから私たちは談笑しながらイルミネーションを見た。
 「そろそろ帰ろっか」
 「…うん」
シュンとするあいり。
 「どうしたの?具合悪い?長く外に居させすぎちゃったか」
 「そうじゃなくて、まだみうと居たいなって」
上値遣いでそう言うあいりに頭を抱えつつ「それは私もだよ。でも親御さん心配するし、あいりの身体に無理させられないよ」
 「ぶぅー」っと口を膨らませて拗ねるあいり。子供みたいで可愛い。
 「また、次ね」あいりの頭をそっと撫でる。
 「ん、じゃあ約束ね!」
 「うん、約束。指切りげんまんしよ」
私は小指を差し出す。あいりも小指を差し出し、繋ぐ。
約束を交わした私たちは別れ、あいりは親御さんの車に乗り、私は東京行きの電車に乗る。
別れるときあいりはまた泣いていた。
約束か。叶えられるといいな。神様なんて信じていないけど、今日だけは信じてみる。神様どうかあいりの病気が治って、この先もずっとあいりの隣に居られますように。
目をつむり、鞄にしまっていたお守りを強く握りしめ、祈る。

二カ月後。一本の電話に私は崩れ落ちる。
 「あ、あの、あの、い、いま、なんて…」
 「…ぐすっ…あいりが死んだの。あの子には止められててみうちゃんには言えなかったけど、寿命だったの。みうちゃんに会った時もかなり無理してたと思う」
そんな。だって平気だって、元気だって言ってた。確かに辛そうなときはあったけど、そんな。私、気づかなかった。
 「お医者さんにも止めれててね、でもあの子がどうしてもって、大丈夫だからって言ったから信じたの。それにあなたたちが愛し合っているの知っていたし、止めなかった」
あいりの親御さんが優しかったから、私たちは最期に会えたんだ。
もっとあの時間を大切に、大事にすればよかった。
 「うう、うぅ…あいりは…なんか言ってましたか」
 「手紙書いたから読んでね、ごめんねって」
 「そうですか」
 「ええ、みうちゃんあいりのこと愛してくれてありがとう。今度顔見せに来てね。あの子も会いたいはずだから」
 「はい、行きます。必ず」
そう言って、電話を終える。私は前肢の力が抜け、座り込んで泣き喚く。
なんとなく事情を悟った母に抱きしめられ、私はまた強く泣く。

数日後。私はボサボサの髪に腫れた目のまま、郵便ポストに向かう。
村山みう様へと書かれた封筒を取り出し、部屋へと戻る。
送られてきた手紙を取り出し、読んでみる。
手紙の内容はこうだった。
 『みうへ。まずは寿命のこと、病気のこと黙っていてごめんね。みうがこの手紙を読んでいるときにはもう私は死んでるんだよね。読んでほしくないな。本当はもっと生きたい。みうともっとしたいことあるし、大学にも行きたい。もっとみうと一緒にいたいよ。でも寿命が、神様がそれを許してくれない。嫌んなっちゃうね。神様なんてウソつきの意地悪野郎だよ。ねぇ、みう。私のことずっと憶えていてね。嘘だよ。元気でいてね。さようなら』
ポツリ、ポツリと手紙を涙が濡らす。
 「…忘れられるわけないでしょ」
それから私はまた一晩中泣いた。

あれから数年経った冬。私は都内の大学に通っていた。バイトの帰りにふと目に入ったのでイルミネーションを見に行くことにした。
綺麗だななんて思いながらひとり歩く。
雪が降ってくる。手のひらを上に向け、降ってくる雪を捕まえる。
 「冷たい」
通り過ぎる人たちはほぼカップルで胸が苦しくなってくる。ああ、やっぱり来るんじゃなかった。
降る雪を綺麗だね笑うのも、寒いって嬉しそうにするのも、はしゃいで転びそうになって手をつないだら「ありがとう」って楽しそうにするのも全部あいりがいい。
私は泣きそうになるのを堪えながら、帰路につく。
あの時撮ったあいりの写真を見ながら私は、溜めていたものを吐き出す。
私はいつになっても冬が来れば、嫌というほど思い出して泣くのだろう。あの時から忘れたことなんてないし、忘れもしない。
たった一人の私の大好きな愛している人。谷口あいり。
ああ、神様なんて大嫌い。噓つきの意地悪野郎。
それでも、私は祈ってしまう。次会える時は、二人とも何事もなく、平穏で幸せに日々を過ごしていけることを。
そう信じて私は今日も眠りにつく。

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