あの夏に取り残されたまま。 

プロローグ

「有難うございました!素敵な歌声でしたね。続いてはHOPEsで、『恋の波に攫われて』です。どうぞ!」

司会者がそう言うとメンバーがぞろぞろと出てくる。会場は暗くなる。次の瞬間、会場全体が青色のライトで照らされる。そしてセンターの子がアップで抜かれる。カメラに向かって精一杯の笑顔を向ける。とても可愛い。思わず画面に手を伸ばしてしまいそうになる。
そのとき、背後から「きも」と一言。
振り返るとそこには氷よりも冷ややかな視線が向けられていた。

「うるさいな、ほっとけよ。彩」

そう、先ほど僕を罵ったのは僕の妹である彩だ。
普段は「お兄ちゃん、一緒に寝よ?」とか「お兄ちゃん、お買い物付き合って?」だったり「お兄ちゃん大好き‼︎」って言ってくるのだが、僕がアイドル番組を見てる時だけはまるで別人かのように態度が一変する。
四十度のお風呂に気持ちよく浸かっていたら、いきなり北極の海に丸裸で放り出された気分になる。何故こうなるかはなんとなくわかる。
彩は僕がアイドルに集中しているから、自分が構ってもらえない事に嫉妬しているのだろう。可愛い奴め。

「画面に近すぎ。しかも手まで伸ばして。引く」

「可愛いから仕方ないだろ。手も伸ばしたくなる。どっかの誰かと違ってお兄ちゃんのこときもいって言わないしね」

と僕が彩を見ながらニヤっと挑発する。
すると彩は「むぅ、お兄ちゃんのばか!」と言い泣き出してしまう。
「え⁉︎あ、彩⁉︎」流石に泣くとは思っていなかったため焦ってしまう。

彩の手を引き寄せて「ごめん、言いすぎた。彩はとっても可愛い自慢の妹だよ」と言う。
すると彩は顔をあげ、涙を拭いながら「ほんと?彩のこと好き?」と聞いてくる。
抱きしめながら「うん、もちろん」そう言うと彩は
「ねぇ、ちゃんと好きって言って?」と涙を溜め、うるうるさせた目で上目遣いに言ってくる。
これをされて耐えられる人はいるのだろうか。いや、いない。もちろん僕も無事に負けました。

「彩、好きだよ」

すると彩は「彩も大好き!」と言って強く抱きしめてくる。
「彩、痛いよ」と微笑む。
そう言うと彩は離れ「じゃあ、宿題してくるね」と言い残し部屋を出ていく。
今度はバラエティー番組を観る。アイドルとMCが主体となって進行する番組だ。彩のせいで説明するのが遅れてしまった。
アイドルグループ『HOPEs(ホープス)』。彼女らは超人気アイドルグループだ。今年で結成して三年になる。そんな彼女らは結成一年目にして今最も人気のあるアーティストで一位に選ばれた。
しかも、それも今年で三回目となる。円盤の売上も出すたびに記録を更新し続けている。また海外でも支持されており多くの海外ファンもいる。所謂、僕は彼女らのオタクだ。もちろん推しもいる。
今、画面の向こうで罰ゲームをうけているのが僕の推しである『有馬未来(ありまみらい)』だ。
メンバーや皆んなからは『みーちゃん』だったり、『みーたん』と呼ばれている。僕は『みーちゃん』派だ。「ではまた、次回お会いしましょう!」MCがそう言い、番組が終わる。

「はぁあ〜、今日もみーちゃんは可愛いなぁ」

そんなことを言っていると母が「あれ、まだ起きてたの?明日学校なんだから、もう寝なよ」と。

「わかってるよ。ちょうどテレビ観終わったとこ。もう寝るよ」

僕は明日から晴れて高校生となる。まあ、そんなにめでたいことじゃないけど。
現在は午前〇時三十六分。
そろそろ寝ないと寝坊しちゃうな。僕はシャワーを浴び、ベットに入る。 

翌朝。
「お兄ちゃん、朝だよ〜。起きて」
もうちょっと…だけ…。
「ねえ!一緒にご飯食べよ!」
あと、五分だけ。
「起きろおおお!!!」
「うわあ!」彩が耳元で大声で起こす。あまりの大きさに眠気が一気に吹っ飛ぶ。
「び、びっくりしたぁ」そう言いながら体を起こす。
「おはよう、お兄ちゃん」と朝にピッタリなフレッシュな笑顔をむけてくる。
「おはよ、彩。おかげで眠気と鼓膜が吹っ飛んだよ」
「早く準備して。一緒にご飯食べよ」
彩はお腹が空いているのか朝ごはんを催促してくる。
「はいはい。着替えるから部屋から出て」
というと彩は、
「えー、別にいいじゃん。そんなことより早く着替えてよ〜、お腹すいた」
この妹は恥じらいというものを覚えてくれ。仕方なく着替える。
「ほら、着替えたから行くよ」
と彩を呼ぶ。
「ん、めっちゃかっこいいね。制服似合ってるよお兄ちゃん」
彩が制服姿の僕を見て言う。
「そう?ありがとう」
嬉しくて少しにやける。彩がそれを見逃すはずもなく、
「あ!お兄ちゃん今にやけてる〜!」
と指摘してきた。
「う、うるせー。ほら、行こ」
そう言い、リビングに行く。
朝ごはんを食べ終え、家を出るまで時間があるのでソファでくつろぐ。彩も隣に座りくつろぐ。彩は今年で中学2年生になる。それなのにこんなにベタベタのはいいのだろうか。兄離れして欲しいが、少し寂しくなりそうだな。いや、しなくてもいいか、可愛いし。ピンポーン。そんなことを考えていると、チャイムが鳴る。
「楓、さくらちゃん来たよ」
母が僕を呼ぶ。ソファから立ち上がり、玄関に向かう。鍵を開け、扉を開く。
「おはよ、さくら」
そう言うと、
「おはよ!楓。制服似合ってるね」
とさくらも褒めてくる。にやつきを抑えてさくらに、
「さくらも似合ってる。可愛いよ」と。
さくらは頬を少し赤らめて、満面の笑みを向けて、
「ありがとう、嬉しい!」
と言う。可愛い。最高。おっと、可愛さにやられて説明するのを忘れることだった。
天使のような笑顔を向けてくる彼女は『天使さくら(あまつかさくら)』だ。
天使って名前がこれほど似合う人はいないだろう。生まれた時から僕たちは家が隣同士で、ずっと一緒だ。
さくらは顔も可愛いし優しくて、一緒にいるとすごく安心できる。
そんなさくらを僕はずっと大好きだ。
「今、荷物とってくるからリビングで待ってて」
と言い、さくらを招き入れる。僕は部屋に行き、荷物を持ってくる。階段を降り、リビングへ行くとさくらと彩が話で盛り上がっていた。なんだあの空間は、最高じゃん。あ、あそこが天国かな?
「あ、お兄ちゃん。何してるの?」
彩が怪訝な顔をして言う。
「いや、なんでもない。さ、行こ」
二人は不思議そうな顔をして着いてくる。僕らは靴を履いて、家を出る。
「行ってきまーす」
彩とさくらも僕に続いて言う。新学期のはじまりの朝はどこか新鮮な匂いがした。

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