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#045 となりのネクロマンサー

 夕飯のそうめんを茹でながら、もう別れようと思っていた。なぜ私が食材を買って、調理して、食わせてやらねばならんのだ。おまえが毎朝、財布からお金を抜き取るから、こっちだって大変なんだ。

 私は自分の部屋をほっぽらかして、おまえの部屋に半同棲して、セックスしたけりゃしてやって、ゴキブリ退治して、整理整頓してやったら物の置き場所が変わっただの勝手に捨てただのと非難され、もうたくさんなんだよ。

 ずっと、ずっと、別れたいと思っていたのに。別れ話を持ちかけようと「あのさ…」と発した瞬間、部屋の隅になにがしかの霊を召喚し、その方に向き直って正座し目を瞑る。除霊の時間だ。

 これはとても疲れることのようで、無事に成仏させたらもう、その日は一日会話ができないほどらしい。それでも話そうとし続けると、「あ…ちょっと待って…いま…音が…」と言い始める。絶対音感の発現だ。

 これはもう、あらゆる音がドレミに変換されてしまうので、非常にストレスがかかるということで、話しかけてはいけないらしい。

 それにも負けずに話しかけようとすると、どうしてそんなに貯めたかしらないが、向うつ薬のパキシルが山ほど入ったお菓子の缶を開け、これ見よがしにオーバードーズのふりを始める。決め台詞は、「こんなのラムネだからね」である。

 結局、おかしなことになると困るのはこちらの方なので、話は完全に有耶無耶のまま「別れろ!」の旗を降ろすことになる。そんなことを何度か繰り返した後、すっかり頭が狂った私は、なぜかこいつと結婚していた。

 すぐに離婚したけれど、いろんなものを私の名義で契約したり、私のカードで買ったりしたから大変だったよ。でも、死んだらあんたに除霊されると思って、なんとか生き延びたよ。

 いまごろ東京湾に沈んでいると思うけど、エビやシャコに食われて立派な江戸前寿司になれるといいなぁって、思っています。

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