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時計はいつまでがヴィンテージなのか

本稿は、昨今巷でよく言われているような曖昧な「アンティークウォッチ」を、「ヴィンテージウォッチ」と読み替え、かつそれは何を指すのが適当(適正、ではない)と考えられるかを考察したものである。

1.アンティークの定義

1.1. 経年数
 アンティークあるいはヴィンテージという言葉がある。どちらも漠然と古いものを指し、アンティークは100年以上経ったものを指すのが一般的である。この根拠はおそらくアメリカの1930年の関税法で、1830年以前(すなわち100年以上経ったもの)をアンティークと定義すると記されている。
 もう一つ、ネバダ改正法(NRS)では647.012に “Antique” defined. “Antique” means a unique object of personal property that is not less than 60 years old and has special value primarily because of its age.”のように”60年以上"と定義されている。
このように「アンティーク」とは、「〇〇年以上経過したもの」が定義であり、その解釈に倣えば経年時間のみで判断できるものとなる。

1.2. 対象
 先ほどのアメリカのThe Tarrif Act of 1930では、"works of art (except rugs and carpets made after the year 1700), collections in illustration of the progress of the arts, works in bronze, marble, terra cotta, parian, pottery or porcelain, artistic antiquities and objects of ornamental character or educational value which shall have been produced prior to the year 1830.”
とある。すなわち「美術品(1700年以降に製作された敷物やカーペットを除く)、芸術の進歩を示すコレクション、ブロンズ、大理石、テラコッタ、パリアン、陶器、磁器、芸術的な骨董品、1830年以前に製作された観賞用または教育用の価値のあるもの」を対象としており、NRSでは「主としてその経過年数により特別な価値を有する個人所有のユニークなもの」としている。「芸術的、観賞用または教育用の価値のあるもの」に時計も含まれるような気もしなくはないが、NRSのユニークなもの、というのはすなわち一品もののイメージがあり、これらを厳密に当てはめると「個人的なオーダーによる懐中時計」くらいしか当てはまらないことになりそうだ。
すなわち「アンティーク」を厳密な定義に掘り下げると、巷で言われているアンティークウォッチなどは全く該当せず、ミュージアムピースに近しいようなもののみとなってしまうことになる。

 次にヴィンテージについて。もともとは単一年産のワインを指す用語ではあるが、形容詞として「古い」「古典的な」などの意味も持つ。そこには厳密な経過年数は存在しないが、数十年オーダーのような感覚は世界共通であるようだ。

 上記の事実や状況により、今現在言われているような「アンティークウォッチ」は、厳密には殆ど「アンティーク」と呼べるようなものではないこと、巷で言われている「アンティークウォッチ」を「ヴィンテージウォッチ」と読み替えれば、その考察をすることは少しは意味があることではないかと考えた。もちろん「時計を対象とした場合、アンティークはこう定義できる」などと一人で提唱しても意味がないことは百も承知である。
(厳密なアンティークに該当する私の所有時計は、1855年製のDentだけだろう。古いうえにユニークだ。)

2.年代か経過時間か
 アンティークは経過年数が重要だが、それは月日とともに対象がどんどんそのカテゴリに入っていくことを示す。一方でこれから議論する「ヴィンテージウォッチ」については、これまで複数の時計関係の識者から話を聞くと、どうも1970年代ころに区切りがあるようであり、これは私の感覚とも一致する。
 これはなぜかというと、時計産業において脱進機がこの世に生まれてから延々と続く「機械式」時計が、「電気式」時計に切り替わってきたという産業構造上の大革命がこの頃に起こっているためだ。いわゆるクオーツレヴォリューションである(ここでは敢えてクオーツショックとは書かない。この言い方は欧州時計産業から一方的に見たニュアンスがあるからだ。)
 そこで、どこまでがヴィンテージかという題目にある程度の答えを出そうとすると、結局はこの頃を中心とした「時計史」を、事実をベースにして俯瞰するという作業が必要となってくる。
ここで「経過年数」による定義は完全に放棄する。

 2020年の今、例えば「1970年」は50年前であり、NRSのアンティーク60年には届かないものの「ヴィンテージ」の範疇には十分に入ると思われ(前述した通り定義はなく感覚のみ)るが、あと50年したら1970年製のプロダクトは全て100年経つことになる。その頃には別の定義なり議論があってしかるべきで今と感覚も全く異なることになろうが、今から議論する内容に関しては、あと10年程度は今と甚だしく感覚が変化することもないだろう。
 よってここでは時計産業構造の変化とともにそのプロダクトの構造や性格が大きく変化していった、1965年頃から1980年頃までの時計産業にまつわる「時計史」を俯瞰するという作業を実施することとなる。

3.年表(成果品)

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