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#4 菌類に覆われた世界 SPECIAL EPISODE


太陽が昇りはじめ、辺り一面がキラキラと金色に輝き出す-。
日の出とともにアウラタケが胞子を飛ばすと、その胞子に光が当たって光が散乱する現象だ。それは、春の条件が良い日にだけ見ることができる。
街で一番眺めの良いこの場所は、巨大なグランドファンガスというキノコを土台にして建てられたタワーだ。かつて人間が建造した都市を縫うように、いまや菌類と森が世界を構築している。人と、菌の森が共同で都市を作ったようにさえ見える。
一時の金色の世界が終わると、夢から覚めるように、いつもの街の風景となった。
アウラタケの胞子は美しい風景をもたらすだけではなく、私たち人間の認知機能を回復させる成分がある。しかし、人間がアウラタケを増やしすぎたせいで、最近はアウラタケの胞子のアレルギーで苦しむ人もいる。バランスを欠いた世界が様々な不均衡をもたらす良い例だ。

私は菌類を研究し、様々な新素材を生み出している。
人と菌類と森が共生しているこの街では、まだ解明されていないことが多い。
はるか昔、人が地球へ大きな負荷をかけていた時代、ある時から菌類と森が異常なまでに成長し領域を拡大していった。菌類に覆われた世界の中で、ここは最初に、人、菌類、森の三者による社会が整えられた場所だ。そしてここは他の街よりも出生率が高い。菌類の繁栄のために、人間が多く生まれることに何か利点があったのだろう。
今日も、子どもたちを乗せた自動運転のスクールバスが、キノコの成長により新しく繋がった道を走っていく。菌類の成長と自己修復により道の形、ひいては街の形が知らないうちに変わっていくのだ。
そういえば最近、菌類が持つネットワークに連携できる技術が開発された。そのおかげで、街がどのように変形していくのかある程度予想ができるようになり、位置情報と合わせて、より移動しやすく、暮らしやすくなった。
様々なキノコから飛ばされた胞子の種類によって気分が左右されることがわかっている。気分が落ち込んだ時に訪れると何だかスッキリして元気になれる場所が、この世界ではパワースポットと呼ばれていて、とても人気である。

今朝は開発途中の菌製ゴムとレザーで作った靴とグローブを身に着けて、フィールド調査を行ってみた。靴はとても軽量だが、湿気が多くて木の根が入り組んでいる森では、湿気を吸って少し重さが増し、粘着性が出てくるので、足元が滑りにくくなった。上手く菌類の性質を引き出すことができた故だ。グローブはスキニーで、私の手の形に合わせて5分ほどでピッタリとくっつき、着けていることを忘れる心地よさ。そして触れたキノコの毒に反応してグローブの色が変わる実験は成功した。ただし、モノに触れた感触がもう少し指先に伝わるように改良した方が良さそうだ。開発が順調に進んでいることを実感して、嬉しくなった。

朝のフィールド調査を終えて帰ってくると、もう太陽がてっぺんに昇っていた。
パートナーがつくる様々なきのこを煮込んだスープがとても美味しそうな匂い。私が採ってきたサラミスタケをソテーして、一緒にお昼ごはんとしよう。


菌類から共生を教わる人々の暮らし

「菌類」と聞くとどんなビジュアルを思い浮かべますか。広い意味で細菌などを含む場合がありますが、より厳密に言うと「真菌」と言われる細胞内に核を持つ真核生物のことを指します。一般的に、キノコ、カビ、酵母と呼ばれる生物たちです。実は今、これら菌類はとても注目を集めています。世界最大級のショーケース・フェスティバルであるSXSW<サウス・バイ・サウスウエスト>でも食品、医療薬品、環境保護、エネルギーなどの観点から、菌類の可能性と、菌類と人類がより共生していく未来について語られています。

では、さらに未来の世界を考えてみましょう。菌類やキノコを利用した建築物の研究は「マイコテクチャー」と呼ばれています。例えば、型に入れて特定の形や大きさに育てて菌糸体レンガを作ることなどがそれにあたります。丈夫で軽く、耐熱性に優れた環境に優しいレンガです。
また可能性に目を向けてみると、菌類には自己修復能力があるので、建造物が損傷しても時間が経てば自己修復できるようになるかもしれませんし、菌糸体には空気や水をろ過する能力があるので、室内はいつも浄化されているかもしれません。発光する菌を使えば、夜に建物や道を光らせることもできるでしょう。条件を揃えれば、強度の高い巨大なキノコが育ち、そこに人が住むこともできるかもしれません。実際にマイコテクチャーはNASAなどにより、月面や火星での建造物への利用が研究されています。

研究が進めば、木々の間に高いキノコの塔が空に向かって垂直に伸び、巨大な街の礎となり社会システムを支えるようになる未来がくるかもしれません。塔の表面には、多彩な菌類が繁茂し、色とりどりの光を放ったり、地上にあるかつて人間が建造した道路や建物は菌類との共生により変貌させられていたりするかもしれません。アスファルトに覆われた道路の表面もキノコの繊維で覆われ、道はあらゆる方向に広がっていき、建物は自己修復と成長を繰り返すため、形が変わっていきます。そのため地図はリアルタイムに反映されるよう仕組みになるでしょう。

食はどうでしょうか。今、代替肉の急先鋒として挙げられているのは菌類によるタンパク質源のマイコプロテインです。栄養価も高く繊維状構造のため食感も肉に似せることができます。
キノコはグルタミン酸やグアニル酸を含むので、その旨味成分のおかげで減塩も可能。発酵食品と合わせたり、独特の風味をスパイスとして使用したり、まさに食卓がキノコ祭りになるほど、豊かな食生活を送ることができるでしょう。これに関連して、農業の中心も菌類やキノコをベースにしたものになるかもしれません。キノコは短時間で成長し環境負荷が低いと言われていますので、効率よく安全な食を安定供給できるのも魅力の一つです。

医療の現場でも、アメリカではキノコが持つ幻覚成分を利用し、重度のうつ病患者への治験が実際に行われています。他にも、抗がん作用のある成分や、認知機能を改善する効果が期待されています。菌類による再生医療の研究も行われていることから、傷や炎症への治療にも今後応用されていくでしょう。キノコドクターならぬ、自然の力や、応用医療技術についての専門ドクターが人気の職業になるかもしれません。

もっとも菌類と暮らしていくことで人類に一番大きな影響を与えるのは、「共生」という考え方を教わることではないでしょうか。菌類が古来繁栄するためにどのように進化してきたかを辿ると、“他の種とWin -Winの関係を築くこと”に集約されます。
樹木の根に付く菌根菌は、土壌の栄養分を植物に届ける代わりに、光合成の産物である炭素化合物をもらいます。菌類はその遺伝子を広げるため、遠くに運んでもらえるように美味しくなったり、幻覚成分を持つようになったりしたと考える研究者もいます。生存戦略としての「共生」です。菌類は地下世界でネットワークを形成しているとも言われており、感知された情報を巨大なネットワークの中でお互いに交換して、危機などに備えているそうです。
一個体ではなく、大きなシステムの一部という曖昧な存在が菌類です。このような存在がより身近になると、私たちの生き方や考え方そのものが変わるのではないでしょうか。変化することが当たり前だから変化を恐れなくなったり、一人で生きているのではなく人間以外のものとも繋がって生きているということを実感したり、俯瞰した目で生きていけるようになるかもしれません。

このような世界において、服の機能的な役割と価値観変化を反映するファッション的な側面を考えてみます。
環境条件から考えると、清潔すぎると菌類の恩恵を受けにくくなるので、逆に菌類と共生しやすいスキンケアに変えて、人間の自己治癒能力を引き出すような菌製繊維を着るようになることが考えられます。キノコの菌糸による人工レザーは多くのスタートアップがすでに現在も開発と商品化を行っていますが、将来的には、生きた菌類が人とともに成長していくような服が開発されたり、髪と共生して菌糸を伸ばし夜光毛として光る髪の毛がはやることもありそうです。靴や手袋はよりその人にピッタリに形成されたり、カバンやケープは同じ素材を何回もリメイクして、家に受け継がれるものになることも。
文化的側面から考えると、共生することこそが価値が高いと考えるようになるため、キノコを平和の象徴として考える人が増えたり、自分たちも何かの一部なのであると捉えて物事を考えたり、自然と生きること、生かされることについてリスペクトして表現したりする人が増えることでしょう。菌類との共生は、アートやファッションに多大なる影響を与えるでしょう。

(文・宮川麻衣子/未来予報株式会社)


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