ライトノベル第一章六話【苦手なタイプの男】

 俺は再びサポートメンバー募集の告知を貼らせてもらうために、スタジオへ行く。前回、相楽さんとあまりいい関係で別れられなかったことが引っかかっていた。前回のメンバーが決まった時は、店長の相楽さんではなく別の店員が対応をしたため、あれ以来顔はおろか会話すらしていない。正直、会い難いという感情はあったが、割り切ればいいだけだと、俺は入り口の扉を開けた。その先にある受付には、運が良いのか悪いのか、あの時以来となる相楽さんがいた。
「よう、詩音。ライブは大成功だったんだって? オレは見てないけど、バイトが一人見に行ってたんだよ。」
「・・・へえ。」
「なんだ、その素っ気ない返事は。もっと嬉しそうに笑え。」
「は? 別に、ここは笑うところじゃない。」
「そう言うなって。で? 今日はなんだ?」
「また募集の告知、貼ってもらいに。」
「募集? ああ、固定メンバーじゃなくなったんだったな。適当に貼っとけ。」
 相変わらず、掲示板にはところ狭しといろんな告知やら募集が貼られていた。できるだけ目立つ場所に貼ろうと、隙間をずらしていると、
「そういえば、詩音に会いたいって人がいるんだが。」
「誰?」
「あ・・・名前はなんだったかな。この間のライブを見て、詩音が出入りしそうな場所を探して、ここに来たって言ってたな。最近、顔見てないっていったら、来たら連絡くれって連絡先、置いていったんだが、どうする?」
「別にいい。」
「いいって? どっちのいいだ? 無視するって方か?」
 素性のわからない奴と関わりたくはない。捜している理由すらわからないって・・・そりゃ、無視するに決まってるだろう。
 俺が「そうだ。」と返そうとした時、背後に人の気配を感じた。
 相楽さんとは会話中の声の大きさ、耳に届く音量からそれなりの距離がある。
 相楽さんでなければ誰だ?
 顔見知りなら声をかければいい。
 俺は少しだけ体をずらしてから振り返ろうとした。
 が、逆に背後から顔を覗かれてしまう。
「メンバー募集・・・サポートメンバーだろ? だったら俺を入れてみない? ちょうど、あんたのサポートメンバーにしてほしくて、捜していたんだ。」
「・・・は?」
 たしかに募集をしようとはしていたが、なんだこの男は・・・。
 もし俺がはじめてのバンドでそのメンバーを募集しているのだとしたら、文句なしに飛びついただろうが、誰でも歓迎状態ではない。募集するからには、こちらも選り好みはさせてもらう。
 ところが、この男は俺のただならぬ空気を完全無視して話を続ける。
「この間のライブ。あれ、よかったよ。突出している部分があって。すぐに声かけようとしたんだけど、見失ってしまって。近くに来たから立ち寄ってみて正解だ。な、いいだろう?」
 さらに男は聞いてもいないことを勝手に話し続けた。
「目的は別のバンドだったんだよ。詩音も知ってると思うけど、あの時のライブはトリのバンドがメインだっただろう? 俺もそのひとりでさ。少し早く着いたからどうしたものかと思ってたら、流行の曲調とは違う曲が聞こえてくるじゃないか。一瞬にして惹きつけられたな・・・あれは詩音の策略か? 普通、流行の曲調やリスペクトしているアーティストの曲調に似るんだが、どこかで聞いたような気もするが、しっかりと個性があって、詩音たちバンドの曲になっていた。作詞作曲も詩音だろ?」
 俺が、なんでわかる? という顔をしていたのかはわからないが、男は俺の疑問を聞いてもいないのに語り出す。
「いやいや、いい。言わなくてもわかる。サポートメンバーでバンド間を渡り歩いていると、そういう連中は顔見知りになったり、雰囲気なんかでわかるものだ。サポートはあくまでもそれに徹するから、自ら曲をひっさげて売り込んだりもしない。既存の曲を譜面通り、メインメンバーの希望通りに弾くのが仕事だからね。」
 この男の第一印象は「なんだ、こいつ。」だ。
 いきなりづけづけと土足で入り込んでくるような感覚に、俺は嫌悪を抱く。それと同時に、何度も繰り返した不信感のようなものがひしひしと押し寄せてくる。男の俺から見ても綺麗な顔、イケメンと言われる部類に入る容姿。それをさらに増長されるようなファッションに「どうせこいつも都合よく手のひらを返すのだろう。」的な先入観が頭から消えずにいた。
この手の人間は音楽の話をし俺の警戒心を解く。俺が気を許し始めると、次第に自己主張しはじめ、自分の価値観の押しつけ。更には人気重視でとりあえずそこからミーハー的なファンに注目されて、チヤホヤされているうちにプロデューサーの耳に入って・・・などと、夢物語を押しつけてくるのだろう。俺は男の話をできるだけ聞き流し、貼りかけていた募集の紙をしっかりと貼り、相楽さんのいる方へと戻ろうとした。スタジオに空きがあれば、少し歌っていくつもりで来た俺は、それを伝えようと「相楽さん・・・」と言い掛けた。
 だが、その声は男の声にかき消させる。
「あれ? あんた、俺の話、聞いてる?」
 男は無言でいる俺の顔を覗き込む。
 さすがに鬱陶しい。
 俺の方が根負けしたような感じで思わず声が出てしまった。
「・・・聞いている。」
 それがまた男の気をよくしてしまったらしい。
「あ、そう。それはよかった。日本語、通じないのかと思ったよ。で、いいだろう? サポートの件。絶賛、募集中のようだし。それとも、ギター以外の募集? なわけないか。しっかり募集パートも書いてある。ギターは俺で決まりだな。」
 確かに募集をかけようとは思っている。
 だが・・・。
「せっかくだが、断る。」
 こういうことははっきりと言葉にした方がいい。相手の立場になって発言しろだとか、忖度しろだとか、そういう面倒なことはしない。返って相手に期待を持たせてしまうこともある。俺なら、前置きはいいから結果だけを教えろと思うからだ。変に期待を持たせる方が酷というものだ。
 しかし・・・。
「断るって言ったか?どうして?」
 男には想定外のことだったようだ。素で驚いた顔をしている。
 むしろ、「入れてくれ」といえば「いいよ」となる流れだと思っていたことの方が驚きだ。
「理由なら簡単だ。俺とあんたじゃ気が合いそうにない。」
「それは人間関係ってことだろ? 俺たちがするのは音楽で人間関係を築くためじゃない。もちろん、それも必要だと思うが、人柄で選ぶのか、音楽の腕で選ぶのかってことだ。詩音は俺の音楽をまだ知らないじゃないか。」
「聞く必要はない。」
「え?聞く必要はない?・・・やれやれ、随分な断り方だな。とりあえず、聞いてから考えてくれ。」
 そう言うと男は勝手に相楽店長と話し出し、空いているスタジオを少しだけ貸してくれる段取りをつけて戻ってきた。
「貸しギターある?」
 と彼に聞くと、中にあるのを使えばいいと言う。
「助かる。チューニングは・・・まあ、セッティングされたままでいいか。」
 と近くにあったギターを手に取った。
「なにを弾こうか。そうだな・・・この間のライブでやった曲で、こんな感じのがあっただろ?」
 流すように音を奏でたあと、彼は音から音楽へと奏ではじめる。
 一度聞いただけで覚えられるようなフレーズもたしかに盛り込んではいたが、口ずさむのではなく音を奏でるのは容易ではない。それを彼は難なくやってのけてしまった。
「ちょっと違ったかな。ま、こんな感じのだったよな? どう、俺の腕前。悪くはないだろう?」
 たしかに悪くはない。いや、むしろ想定外以上の腕前だった。自信ありげに売り込んでくるだけのことはある。
だが、それでも俺はこの男を受け入れることに戸惑いを感じている。
 この腕前はほしい。
 ・・・が、欲しいものを手に入れるとすり抜けていく。裏切りにも近い感情が芽生えてくる。
 失いたくないと思うから生まれる感情であると俺は察し、欲しいものはその都度調達。
 得たものは必ずしもずっと俺の手元にあるとは限らない。今までのバンド活動で学んだことだ。
「あれ〜? まだ足りない? おかしいな〜だいたいはこれで渋る奴も喜んで迎えてくれるんだが・・・ああ〜そうか。まだ俺は名乗ってなかったな。俺は奏(そう)っていう。ギターの魅力に取り付かれた男って言ったら言い過ぎだが、そんな感じ。俺はそこらのギタリストには引けを取らないと自負している。詩音も、自分の歌声はイケてる。最高だって思ってるだろう? なんだかんだ取り繕っても、バンドマンなんて者は自分が最高だと思ってる。だから天才肌は疎まれやすい。身に覚え、あるんじゃないか?」
 ズケズケとよくも触れられたくないところに踏み込んできてくれる。
 だが、意外と怒りは沸いてこない。
 この奏と名乗った男の言っていることは、俺も思うところがあるからだ。すべてを晒して知ってもらおう、理解してもらおうなんて期待はしない。
 それでいいのだと、奏は言っている。
 それなら・・・。
「・・・悪くはないな、あんたのギター。」
「だろ? で、採用してくれる?」
「ああ。頼む。」
「ま、大船に乗ったつもりでいてくれて構わないぜ。次のライブはこの前の比じゃないってくらい完成度の高いものにしようぜ。」
「・・・そうだな。」
 まさか、こうもあっさりと考えが逆転してしまうとは・・・俺自身の驚きは心臓の鼓動の早さが示していた。奏の問いかけに答える声がわずかに上擦る。それと同時に不思議と、奏と話していると彼の言っていることはすべて実現するんじゃないかって思えてくる。
 自信家のいうことに間違いはない。
 そこには必ず根拠があるからだ。
 俺がライブを成功させられるのは、それまでに培ったものがあり、それらは決して裏切らないからだ。
 人はすぐ手のひらを返す。
 だが、経験と努力は裏切らない。生まれながらの天才なんているものか。人知れず、誰だって努力はしているものだ・・・天才と言われている者だって。
 奏もそうなのだろう。
「それで? 今後の予定とかは?」
「あ・・・まだ、だが? メンバーもおまえ以外、決まっていないし。」
「ああ、そうだったな。メンバー待ち?」
「そうだが?」
「その間はなにをするつもり?」
「前回のメンバーよりレベルをあげて募集を募っている。平均レベルに合わせての曲作りがメインだな。」
「メンバーのレベルに合わせての曲作りか。確かに成功する近道ではあるな。けどさ、すっげえハイレベルの曲を用意して弾かせてみるってのも手だと思うぜ。」
「なんでだ?」
「人の本質を見ることができる。」
「・・・?」
「難しい曲を目の前にすると、後込みするヤツと燃えるヤツとがいる。俺や詩音は後者だろ?」
「・・・ああ。」
「詩音が詩音の持つレベルに釣り合うメンバーを求めるなら、そういう選別の仕方もあるってことだ。ま、ひとつの方法程度に考えておけばいいさ。で、これが俺の連絡先。スマホ持ってるだろ?」
 奏は貸せよ・・・というジェスチャーをする。俺はなぜか拒む意志はなく、気づいたらスマホを手渡していた。手際よく双方のスマホに連絡先を登録、それらが終わると俺のスマホが戻ってきた。
「じゃ、連絡、よろしくな。」
「あ・・・おい、勝手に!」
「あまり連絡よこさないと、俺から入れるからな。」
「・・・は? だから、勝手に決めるな!」
 待てと数歩追いかけたが、俺はその足を止めた。黙って去っていく奏の背中を見送っていると、背後から相楽さんの声がした。
「詩音の周りにはいなかったタイプだな。奏って言ったか・・・そういえば、そんな名前のギタリストの噂を聞いたような・・・。」
「あいつのこと、知ってるのか?」
「ああ、うん、まあ・・・噂程度だが。噂なんてものは信用に値しないぞ? 知りたきゃ本人に聞け。連絡先、交換したんだろう?」
 相楽さんが言うのももっともだが、なにを聞けばいい? どう聞けばいい?
 俺にはそういったものをしばらく行っておらず、優位に進める能力が欠けていることに最近、気づいた。今の俺には関係のないスキルだ、いまさらだろうとは思いつつも、奏との出会いが衝撃すぎて、はじめて俺の方から知りたいと思った。この時、俺はどんな顔をして相楽さんの前に立っていたのだろうか。珍しく彼が俺の肩に触れてくる。
「ま、あまり深く考えなくても、向こうが詩音のことを気遣い察して動き回ってくれるだろうから、そんな深刻そうな顔をするな。」
 つまり、思い詰めた顔をしていると言いたいのだろう。俺はそんな顔をしていたことに、俺自身が一番、驚いた。
「・・・で、どうする?」
「・・・どうって?」
「だから、このままここを使うかってことだよ。そのつもりでいただろう? 定期的に声を出しておかないと、すぐ歌えなくなるって、詩音の口癖。あれ、今も続けているんだろう?」
「・・・ああ。そのつもりだ。」
「じゃ、新サポートメンバー一人確定のお祝いに、三十分だけ無料にしてやるから、好きに使え。あと備え付けのキーボードも自由に使っていいぞ。」
 相楽さんはそういうと、扉を閉めロビー正面の受付へと戻っていった。発声やボイトレは自宅でも毎日それなりの時間を割いてやっているが、防音とまではいかない部屋では本気の発声はできない。バンドのメンバーが決まれば、週に何日かはスタジオで音合わせなどをするため、本気の発声で存分に歌い、限界まで喉を開き声帯を伸縮させることができる。
 今はライブのためにメンバーを募る状態、一人でスタジオを利用するには費用がかかり過ぎだ。頻度が減った分、こういった援助は嬉しい。三十分もあれば十分だ。
俺は今度のライブの為に書き下ろした曲をキーボードで演奏しつつ、歌詞とのかみ合いを確認しながら歌った。そこに奏のギター音が加わる。
 あいつなら、ここはこう弾いて、ここはこんな感じだろうか。
 イメージが膨らみ、そしてそのイメージを抱きながら歌い終えた時の達成感はなんともいえない快感だった。イメージでこれだけの感覚。本人が側で奏でたらと思うと、ゾクゾクするほど期待している俺がいた。

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